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“初任給アップ”で人材を確保する~企業経済深層レポート

企業経済深層レポート
企業経済深層レポート (C)週刊実話Web

経済界では今春、初任給の〝爆上がり現象〟が起き、中には「3割増し」の企業も登場しているという。この流れを受け、初任給をアップさせる企業は今後も急増しそうな雲行きだ。

その背景を経営コンサルタントが解説する。


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「現代は少子高齢化に伴い、どこの企業も人手不足に陥っている。特にICT(情報通信技術)がらみの若手人材は奪い合いの状況で、激しい争奪戦が初任給の大幅アップにつながっているのです」

また、もう一つの要因は急激な物価高にあるという。経団連の調査では2021年の大卒事務系職の初任給は平均21万9402円、高卒は16.7万円だった。ところが、ロシアのウクライナ侵略にともない世界的な物価高やエネルギー高騰が起きたことから、就職希望者の間で初任給の高い企業に人気が殺到。この現象に慌てた企業がさらに新卒者の給与の見直しを図り、拍車がかかっているのだ。

ただ気になるのは、いったいどんな企業が初任給の上積みに踏み切ったのかということだろう。

大幅アップでメディアの注目を集めたのは、『ユニクロ』を経営する『ファーストリテイリング』(本社、山口市)。同社は従来25.5万円だった大卒初任給を、18%増の30万円に引き上げると発表した。

「そのため、経済誌などでは『入社5年目ぐらいの社員並みの高給』と話題になった。また、同社は入社1~2年目の社員が店長を務めることでも知られているが、その店長給与を従来の29万円から39万円にアップしたんです」(同)

人材争奪戦を勝ち抜くために

冒頭でも記したが、その『ユニクロ』を超える「初任給3割増し」の企業がエンターテインメント業界をけん引する『バンダイナムコホールディングス』(東京)だ。グループ内で玩具を扱う『バンダイ』は昨春、22.4万円の大卒初任給を約3割増しの29万円に引き上げた。

人材派遣業者が言う。

「『バンダイ』が思い切った初任給の上積みに出た背景には、優秀な人材確保と併せた別の狙いもある。実は、同社は数年前から年功序列を廃し、功績のある者に高給を支払う制度に徐々にシフト。役職者も成果が上がらない場合は降格&減給、さらに再チャレンジもできるシステムに改めた。そのため、初任給をアップしても総体的に資金繰りの重荷になることがない。社内活性化の一環として機能しているのです」

また、ゲームソフトなどを扱う『バンダイナムコエンターテインメント』も、昨春、大卒初任給を23.2万円から29万円に大幅アップ。人材獲得を強化したが、ゲームや情報関連業界はこうした傾向が顕著で、『ウマ娘』シリーズや『ABEMA』を手掛ける『サイバーエージェント』(東京)が昨夏、発表した初任給増も世間を驚かせた。

経済記者が言う。

「ゲームやインターネット関連事業を核とする同社は、IT系の人材争奪戦を勝ち抜くため、2023年度に営業職やクリエーター職などの初任給を34万円から42万円に引き上げた。こちらも業界の話題をさらっています」

もっとも、以前から技術者不足に喘ぐ同業界で、新卒者の争奪戦をエスカレートさせたのは『GMOインターネットグループ』(東京)だといわれている。同社は一昨年末に23年度採用者の年俸を変更。エンジニアやデザイナー、弁護士や公認会計士など高度な専門性を持つ人材を募集し、「710万円」の年俸を与えると発表したのだ。

厳しい経営が続く中小企業も…

その狙いをシンクタンクの研究員が解説する。

「実は、同グループには『2051年に売上高10兆円、利益1兆円を達成する』という大きな目標がある。これを実現する優秀な人材を雇い入れるために破格の年俸を提示したのです。ちなみに『GMO』はこの国内最高水準の給与の財源確保に、リモートワークを活用。社屋の家賃を抑え、ロボットや人工知能を駆使して生産性を向上させ、資金を作ろうとしているのです」

危惧されるのは先輩社員との年俸の逆転現象で、社内に不満がたまりかねないことだが、これを避けるために同社では「710万円組の給与を2年に一度見直すこと、営業利益率が18%を超えた場合に、利益配分して全社員の給与を高める工夫をしている」(同)という。

一方、金融界でも初任給アップの動きは高まっている。中でも顕著なのがメガバンク系の『三井住友銀行』(東京)で、同行は今春16年ぶりに大卒初任給を5万円引き上げ、25.5万円にする予定だという。

ところで、リクルート系研究機関が行った「採用見通し調査(2024年卒)」によれば、来年度に初任給の引き上げを実施、または予定していると答えた企業は全体の54.9%。昨年より10%前後も伸びている。

特に大手(従業員1000人以上の企業)では6割を超えその勢いは著しいが、一方、300人以下の中小企業は、電気代の倍増や原材料高騰の煽りを受け、依然厳しい経営が続いている。そのため、中小企業の約54%が「初任給引き上げの予定なし」と答えているのだ。

日本の企業の9割は中小で、その5割以上が引き上げに足踏みしていることを考えれば、今後も我が国の経済格差はますます広がっていくことになりそうだ。

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