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『昭和猟奇事件大捜査線』第50回「ウエディングドレスを着ることなく消えた花嫁…疑わしきは婚約者か、それとも?」~ノンフィクションライター・小野一光

(画像)New Africa / shutterstock

「保母をしながら、アパートで一人暮らしをしていた妹が行方不明になった」

昭和40年代の夏、近畿地方P県P市でのことだ。T警察署の受付に中年男性が現れて言う。

行方不明になったというのは、同市に住む35歳の篠田幸子(仮名、以下同)。


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そこで家出人捜索願を受理して、非公開で親元や友人などの立ち回り先を手配したが、どこにも立ち回っていなかった。

それから17日後に同じ男性が同署に現れ、「まだ行方が分からない。自殺や家出の原因もないので、捜査して欲しい」と言う。そこで、案件は保安係から捜査係に引き継がれ、水面下で捜査が進められていた。

すると2週間後、新聞にとある記事が掲載される。

《結婚を控えた保母が失踪。監禁か殺人の疑い。T署捜査開始》

たまたま兄が隣に住む新聞記者に相談し、それが記事となったのだ。

幸子は会社員の石田賢一郎(46)との結婚話が決まり、失踪の9日前に結納を取り交わしており、間もなく結婚する予定だった。しかし、婚約者の賢一郎が彼女の住むアパートを訪ねても、不在だったという。

彼女は家計簿を毎日記しており、それは結納の8日後を最後に途切れていた。捜査員がこの家計簿の内容を調べると、「桜井啓介」という者に約40万円を預け、そのうち約30万円をまだ返してもらっていないとなっている。

殺人事件であるという資料は何もなかったが、家出の理由もなく、自殺の動機もない女性が、失踪から1カ月以上が経つ。しかも、いまもなお消息がまったく分からないことから、死体なき殺人事件捜査本部を設けるという、異例の措置が取られることになった。

尾行に気付いた疑わしき男

そこで決められた捜査方針は以下の通りだ。

○被害者の足取り捜査
○アパートおよび周辺の聞き込み捜査
○被害者方出入り関係者の検討捜査
○被害者と交際のあった男関係の捜査

6万枚の手配書が配布され、寄せられた情報について一つずつ潰していく。

幸子と交際があった男については、過去10数年に遡って捜査が行われた。すると、婚約者の石田と、彼女との間に金銭貸借関係があったとみられる桜井を除き、他の男性はすべて交際関係が絶えていた。

また、婚約者の石田については、幸子を殺害するような動機はなく、アリバイや行動についても怪しいところはなかった。

桜井は、幸子と同じアパートに住む男で、彼については、捜査本部が出来る前に、T署員が事情聴取を行っていた。そこで彼は、幸子との金銭貸借関係について、次のように語っている。

「知人に預けると、毎月2分5厘から3分の利子がつく投資口があったので、幸子さんから20万円を預かって、知人に預けていた。しかし、この20万円は数回に分けて利子をつけて返済したので、現在賃借関係はない。幸子さんの行方については知らない」

そこでT署員が桜井の身上を調べたところ、彼は8年前にA子という女性と結婚し、妻の姓を称していたが、5年前に協議離婚していた。しかし、離婚後も同じアパートでA子と同居している。通称は「桜井啓介」で通っているが、本名は「米田健司」であることが分かった。

そこで桜井こと米田についての聞き込み、張り込み、尾行などの内偵捜査が始まったのである。

ところが、米田は尾行を警戒し、電車を何本も乗らずに過ごしたり、突然下車したりするなどの行動を繰り返す。それもそのはずで、彼の犯歴は、窃盗、横領、私文書偽造行使、詐欺など、計7件もあったのである。

信用金庫などからの詐取で通常逮捕

しかし、それでも2カ月にわたる内偵捜査の結果、以下のことが分かった。

○米田は幸子と前年の夏ごろから親しくなり、妻の目を盗んでお互いの部屋を行き来し、肉体関係を結ぶまでになっていた
○家計簿などから算定すると、米田に約30万円の未返済金があり、幸子がその返済を迫っていた
○米田はアパート居住者などに、刑事がどのようなことを聞きに来たかと尋ね歩き、また聞かれもしないのに、幸子がいなくなった夜のアリバイがあると言って回っている
○彼の素性は予科練を出てから巡査や生命保険外交員、探偵社社員や新聞社社員などをしていたが、現在は定職に就いておらず、妻のA子が実家の手伝いで得る収入で生活している

そうしたところ、捜査員が「F信用金庫で米田が話し込んでいるのを見た」との情報を聞き込んできた。そこで捜査員が調べたところ、米田が架空の情報通信社の会社員を装って信用金庫に近づき、発刊していない出版物名を口実に、金銭を詐取していたことが判明する。

捜査本部は米田を除いて、幸子の失踪に関係があると思われる者が見当たらないことから、米田をF信用金庫ほか1店から、合計18万5000円を詐取した事実で通常逮捕した。

その取り調べにおいて、米田は詐欺事実についてはあっさり認めた。その間、取調官は幸子の失踪事件には一切触れず、米田も彼女のことについては一言も喋らずにいた。

捜査本部が動いたのは、米田の逮捕から1週間後。

最初に行われたのはポリグラフ検査で、彼の反応として次の結果が出た。

○幸子は×月×日帰宅してすぐひとりで家を出た
○動機は借金の返済ができないため
○殺害方法は首を絞める
○殺害場所はI県
○死体の処分は草むら

そして米田への取り調べが始まった。彼はあらかじめ準備していたのだろう。これまでの経歴や幸子との関係、彼女との金銭賃借関係について淀みなく喋る。

そこで取調官は、これまでの内偵捜査で得てきた情報を使い、嘘の学歴や経歴、それに幸子との交際関係や賃借関係などの追及を行う。米田は虚をつかれると一瞬息を呑むが、それでもなかなか落ちない。

そこで捜査本部は一計を案じ、食事休憩で米田が取調室を出ている間に、四つ切り大に引き伸ばした幸子の顔写真を、同室の壁に貼ったのである。

食事を終えて取調室に戻った米田は、幸子の写真を見るなり、顔面をひきつらせて顔を背けた。

「幸子さんの写真を見ても、まだなんの関係もないと言い張れるのか」

「この女さえいなくなれば…」

取調官がそう声を上げると、続いて静かに彼を説き諭す。すると間もなく、米田はがっくりと頭を垂れて言ったのだった。

「幸子さんを誘い出して殺しました。死体を捨てたところはS山です」

米田が挙げたのは、ポリグラフに反応した通りの、I県にある山だった。そこですぐに捜索隊が向かい、彼が説明した地点を捜す。

「あったぞ。女の死体だ!」

幸子の死体は熊笹の生い茂る急斜面に、落葉に半ば埋まるようにしてあった。すでに白骨化しており、頭蓋骨は体から離れ、左足は骨盤部からなくなっていた。

米田は言う。

「去年の夏に、幸子さんがピアノを買ったと聞き、小金を貯めているだろうと思って近づきました。そして融資を持ちかけ、信用を得るために利子だけをきちんと支払っていました」

そんな米田を信用した幸子は、誘われるとホテルにまでついて行くようになり、やがて米田の内妻であるA子さんが留守の隙を狙って、逢瀬を重ねていたという。

「そんな幸子さんが結婚をすることになり、預けてあるおカネを返して欲しいと言ってきました。しかしそんなカネもなく、この女さえいなくなれば、返済せずに済むと思ったんです」

米田は行きつけのP市内にあるパチンコ店で、負けてブツブツ言っている若い男を見つけると、彼に犯行を手伝わせようと考えた。

「女と関係を清算したいので、車の運転をして欲しいと、10万円の謝礼で話をつけたんです。一方で幸子さんを、『これから女房や友達とS山へドライブに行くから、君も行かないか』と言って誘い出しました」

待ち合わせ場所で幸子は、A子がいないことを訝しんだが、「急に用事ができた」との米田の言葉を信用し、車に乗り込んだ。

「車が暗い山道に入ったところで、横に座る幸子さんの首を力一杯絞めつけました。最初は悲鳴を上げましたが、ぐったりなったところを、古タオルで締め上げたら動かなくなりました。運転していた男は驚いて車を止めましたが、『車を走らせろ。礼はすると言ってるだろう』と叫ぶと、黙って車を走らせました」

その後、米田は男に手伝わせてハイキングコースの山道へ死体を抱きかかえて行き、そこから谷間に投げ捨てた。男は「困ったなあ、困ったなあ」と言いながらも手伝ったと米田は語る。

「そして下山してS駅前に行き、『あんたは私を知らないし、私もあんたを知らない。今夜のことはなかったことにして』と10万円を渡して別れました」

捜査本部は米田が自供する共犯者について、パチンコ店をはじめ、周辺飲食店、待ち合わせ場所などで、聞き込み捜査を行ったが判明せず、その存在の真否については不明のまま、事件は終結したのだった。

小野一光(おの・いっこう)
福岡県北九州市出身。雑誌編集者、雑誌記者を経てフリーに。『灼熱のイラク戦場日記』『殺人犯との対話』『震災風俗嬢』『新版 家族喰い――尼崎連続変死事件の真相』など、著者多数。

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