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やくみつる☆シネマ小言主義~『ロストケア』/3月24日(金)全国ロードショー

Ⓒ2023「ロストケア」製作委員会
Ⓒ2023「ロストケア」製作委員会

『ロストケア』

監督/前田哲
出演/松山ケンイチ、長澤まさみ、鈴鹿央士、坂井真紀、戸田菜穂、峯村リエ、加藤菜津、やす(ずん)、岩谷健司、井上肇、綾戸智恵、梶原善、藤田弓子、柄本明
配給/日活、東京テアトル

『楢山節考』など、これまでも「老人の命のしまい方」を問う映画はありました。


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しかし、このコーナーで紹介した映画の中でも、倍賞千恵子の『PLAN 75』、ソフィー・マルソーの『すべてうまくいきますように』、そして本作と、老人介護をテーマにした映画がこのところ続々と。もうこれはど真ん中のテーマではないかと思うほど、ズッシリと胸にくる作品です。

献身的な介護士でありながら、42人もの高齢者を殺めた殺人犯に松山ケンイチ。その彼の罪を問う検事に長澤まさみ。この2人の激突を軸に描かれた社会福祉では決して救われない介護家族の闇は、まったくもって他人事じゃないと恐れおののきながら見ました。

自分も親世代を看取る側から、遠からず看取られる高齢者側になる身です。実のところ、人生最大のテーマは恋愛でも結婚でも仕事でもなく、老後の尊厳なのだと身につまされます。

否応もなく社会が変わって行く…

いみじくも、岸田文雄首相が性的少数者(LGBTQ)の法律が決まると「一つの大きな転換点となり、社会が変わってしまうのではないか」と発言して炎上していましたね。このLGBTQの問題が片付いたら、次は安楽死が最大の課題になるのは間違いない。スイスのように安楽死制度が合法化したら、「社会が変わる」どころじゃありません。尊厳死を認めざるを得ない時代は、すぐそこに来ているように思えるのです。もし、そんな制度があれば、本作のような孤立した介護する側と介護を受ける本人の苦しみを「救う」ための大量殺人なんて起こり得ないわけですから。

にしても、こんな状態になってまで生き続けることに、何の意味があるんだろうかと自問自答してしまう問題作。否応もなく社会が変わって行く序章なのかもと思えてきます。すでに65歳以上の高齢者が日本人口の3割を超えようとしており、超高齢化社会から多死社会へ。自分も終活を始めてはいるものの、どれだけ猶予があるのか誰にも分からないわけですから、溢れる物の片付けを加速しなければと思います。

さて、後期高齢者がテーマの映画がど真ん中になってくるにつれ、自らの老いをさらけ出せる役者陣の存在感が増しています。本作において出色なのは、松山ケンイチの父を演じた柄本明。歯がなくなった人の口元、舌の動かし方までがリアルです。歯がなくなると、舌の先がとんがって、口の中でうごめくんですよね。

滑舌も悪く何を言っているか分からない状態ながら、ギリギリ伝わるセリフ回し。これからの老人役を総取りするんじゃないかと思わされる、気合の入った名演技でした。

やくみつる
漫画家。新聞・雑誌に数多くの連載を持つ他、TV等のコメンテーターとしてもマルチに活躍。

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