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『昭和猟奇事件大捜査線』第48回「怪死したスタンドバーのマダムを夫が発見…消えた“最後の客”を追え!」~ノンフィクションライター・小野一光

(画像)west_photo / shutterstock

昭和40年代のとある夏の日の朝のこと。

中国地方T県N市の自宅を出た柏木文雄(仮名、以下同)は、勤め先の会社へ行く途中に、妻の経営しているスタンドバー「リラ」に立ち寄った。

妻の柏木富美子(43)は、店が夜遅くなると、店内に泊まって、朝に帰ってくることがしばしばあった。文雄は昨夜も帰らなかった妻に、自宅の鍵を渡しておこうと考えたのだ。


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店の入り口は施錠されているため勝手口に回ってドアを引くと、そちらに鍵はかかっておらず、すんなり開いた。不審に思いながら店内に入って、「おーい」と呼んだが、返事はない。

そこで奥の2畳の座敷の引き戸を開けたところ、富美子が仰向けに倒れている。

「あっ!」

文雄は思わず息を呑み、部屋に上がろうとしたが、悪い予感に足がガタガタ震えて止まらない。

医者だ、医者を呼ぼう。そう考えた文雄は、近くの坂口医院に駆け込んだ。

文雄に頼まれて一緒に店にやって来た坂口医師は、その場で富美子が死んでいると判断し、店から所轄のN署に、「スタンドバーのマダムが変死している」と電話で通報したのである。

N署からはただちに、刑事課長と捜査員4名が現場に駆け付けた。その場で見分をしたところ、殺人事件であることが明らかであるため、すぐに関係各方面に報告が上げられた。

報告を受けたT県警本部では、刑事部長以下、担当係官が現場へ急行するとともに、県下の各署に事件手配が行われることになった。

現場付近は、N駅から約300メートル離れた、バーや飲食店、旅館などが密集した歓楽街。「リラ」は、木造2階建ての階下の一部を仕切った、間口4.6メートル、奥行き2.7メートルの小さな店だ。

事件前には2組の客が

入り口から入ると左側がカウンターで、その前に丸椅子が4つ置いてある。右側は2畳の座敷と炊事場である。カウンターの上には、次の物が並んでいた。

○N市内にある「榊紳装店」の包装紙に包まれた男物パンツ2枚
○皿2枚
○洋酒グラス1個
○コップ1個
○アルマイト製灰皿1個

さらにそこから30センチの間を置いて、次の物が。

○皿1枚
○陶器製灰皿1個
○使用したおしぼり1枚

両方の皿にはリンゴやブドウの食べ残しが入っており、事件前に2組の客が入っていたことを物語る。

富美子は座敷に仰向けに倒れ、顔に座布団をかけられていた。着衣は赤いブラウスにタイトスカート、シュミーズにパンティーで、スカートの左側ファスナーが外され、裾がめくれている。シュミーズの裾も腹部まで巻き上げられており、パンティーは前部の中心が右側にずれ、後部は尻の部分が露出していた。そのことから、仰向けに倒れている体勢で第三者が穿かせたものと思われた。

顔面は鬱血し、絞殺時に現れる溢血班が結膜に生じ、口からは血液が流れており、右側頸部に扼殺痕と認められる青紫色の痣がある。また陰部には男性の精液が認められ、失禁の跡もあった。

後の解剖の結果では、死因は窒息死(扼殺)であり、死亡時刻は当日午前0時から3時ごろの間と推定された。さらに、陰部に残された男性の精液の血液型はO型との鑑定結果が出た。

現場に残されていたハンドバッグの口金は開いており、所持金の大部分と売上金が被害に遭っているようだった。また、最近の売上伝票もなく、犯人が持ち逃げしたものと推定された。

そのことから、すぐにN署に「スタンドバーマダム強盗殺人事件捜査本部」が設置される。

複数の男関係があったマダム

そこで立てられた捜査方針は、以下の通りだ。

○被害者の夫、柏木文雄をめぐる関係と被害者の素行ならびに当夜の行動
○現場を中心とした一般民家、旅館、飲食店などに対する聞き込みの徹底
○現場付近へ降車し、または現場付近から乗車したタクシー客の発見
○遺留品の男物パンツ2枚を買い受けた人物の発見
○名刺、過去の売上伝票に基づく出入り客の発見
○請求書に基づく飲食代金の賃借関係者の取り調べ
○変質者、酒乱者の出入り状況
○前科者、不良者、家出人に対する捜査

これらとともに、「リラ」における事件当夜の客、とりわけ〝最後の客〟を求めて、捜査は進められることになったのである。

富美子は商売柄若作りで、飲み客にも独身であると話していた。また、たびたび客と一緒に近くのバーに行ったり、ドライブに出かけており、複数の男関係があったと見られる。

しかし、店での売り上げが相当あり、その収入によって家屋も新築していることなどから、夫は富美子の「リラ」の経営にはノータッチだった。

遺留品の男物のパンツについて調べていた捜査員が、「榊紳装店」を訪ねたところ、店員はよく憶えていた。

「×日の午後8時ちょっと前に、2人連れの土工風の男が、色柄のパンツ2枚を買った。ふたりとも××弁(方言)だった」

この2人が「リラ」の客で間違いないと考えた捜査員は、彼らの人相と特徴を詳しく聞き込む。

やがて、タクシー会社への捜査のなかで、そのうちの男1人を事件当夜の午後11時30分ごろに「リラ」からN市内の採石場の飯場へ送った、との証言が得られる。さらにこの証言をした運転手は、翌午前1時ごろには、もう1人の男も、「リラ」の近くから同じ採石場の飯場へ送ったというのだ。

すぐに同採石場の飯場に捜査員を向かわせたところ、最初に帰った男が、樋口隆二(37)で、次に帰った男が長谷川正太(28)だということが分かった。捜査本部は色めき立ち、特に後に帰った長谷川に対しては、犯人である疑いが濃いとの見立てをした。

翌日、樋口と長谷川の2人にN署への任意出頭を求める。彼らは別々の部屋で事情聴取を受けることになったが、先に店を出た樋口が言う。

「2人でビールや洋酒を飲み始めたが、そのとき店には先客が1人いた。やがて、先客は2畳の座敷に行って、靴を履いたまま横になっていた」

また、後から帰った長谷川も樋口と同様の説明をしたうえで、次のように話す。

「樋口が帰ってからの分は掛けにしてもらい、パンツを置き忘れたまま、マダムにN映画館の前まで傘をさして送ってもらい、そこでタクシーを呼び止めて、採石場へ帰った。そのときもやはり先客は座敷で横になっていた」

彼らの供述には矛盾がなかった。さらに、血液型の鑑定を行ったところ、樋口こそO型だったが、長谷川はB型であり、「犯人は後に出た長谷川ではないか」との疑問は消え、2人が帰った後も残っていた男こそが、〝最後の客〟だと判断されたのである。

捜査本部は樋口と長谷川の協力を得て、〝最後の客〟のモンタージュ写真を作成。年齢は30歳前後、身長165~170cmで中肉中背、長髪の男を捜すことになった。

「絶対にだめ」と断られ…

すると、結果は意外なところから現れた。

N市の郊外にある機械メーカーの工場を訪ねた巡査が同工場の事務員にモンタージュ写真を見せたところ、「似ている。運転手の杉森にそっくりじゃないか」との話になったのである。

すぐに捜査本部に情報が上げられ、当該の杉森耕一郎(29)に対する内偵が行われた。すると彼は、2カ月ほど前に交通事故を起こしてノイローゼ気味となり、今回の事件の20日前に家出。事件から12日後にたまたま県内のZ駅で上司に発見され、会社に連れ戻されていたことが分かる。

そこで本人に事情を聴取したところ、「リラ」には行ったことがなく、事件の前後は他県に行っていたとの説明が返ってきた。

そこで杉森の承諾を得て採取した唾液と指紋を鑑定したところ、血液型はO型で、指紋も現場で採取されていたものと合致する。さらに、樋口と長谷川に杉森の写真を見せたところ、「この男に間違いない」と、〝最後の男〟であることを断言したのだった。

後日、捜査員に任意同行を促された杉森は、当初は否認していたが、すぐに犯行を認めた。彼は言う。

「実は、『リラ』のマダムとは、事件の5カ月くらい前に関係を結んでいました。それで、私が家出していたときに、マダムが恋しくなり、久しぶりに店に顔を出して旅行に誘ったんです」

しかしその日、富美子にはすげなく断られてしまう。そこでふて寝をしていたところ、彼女に起こされ、「起きて帰りなさい」と言われたというのだ。

「それで関係を迫ろうとしたら、『だめよ。絶対にだめ』と断られました。その言葉を聞いて意地になり、殺してでもヤッてやろうと思い、両手で首を絞め続けました。そうしたら、向こうの体の力が抜けて…」

非道にも杉森は、顔を見たくないと座布団を富美子の顔の上に置き、自己の欲望を満たしていた。

「終わってから、大変なことをしたと思いました。それで足がつかないように、自分の名前の書かれた売上伝票と、逃走のためのカネを奪ってN駅へ行くと、一番列車に乗って逃げたんです…」

小野一光(おの・いっこう)
福岡県北九州市出身。雑誌編集者、雑誌記者を経てフリーに。『灼熱のイラク戦場日記』『殺人犯との対話』『震災風俗嬢』『新版 家族喰い――尼崎連続変死事件の真相』など、著者多数。

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