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『昭和猟奇事件大捜査線』第47回「竹製の行李の中に若い女性の腐乱死体…美人ホステスは誰に殺された?」〜ノンフィクションライター・小野一光

(画像)Apiold / shutterstock

「うわっ、なんだこの臭いは?」

昭和30年代の冬。関東地方U県のT駅構内にある物流会社の倉庫で、棚にあった竹製の行李を動かした作業員が声を上げた。

置かれていた場所からずらしてみると、底から異様な臭いのする液体が染み出す。中身については衣類ということだったが、どっしりとした重みがあることから「もしや?」と感じた作業員は、すぐに同社の事故係の社員を呼んだ。そして、ふたりで行李を倉庫の出入口まで持ち出すと、梱包している麻縄を切り、蓋を開けたのである。


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「ひぃあああー」

中に入っていたのは、古毛布にくるまれた腐乱死体だった。

連絡を受けたU県警の捜査員がただちに駆け付け、関係者の事情聴取と鑑識活動が行われた。

この竹製の行李は、約3カ月前に近畿地方のI県L市にある同社の支店で発送を受け付け、U県のU駅止めになっていたもの。しかし、到着後に受取人が現れないため、T駅構内にある倉庫に保管されていた。

荷物の品名は衣類で、荷札の発送人と受取人は、L市J区T町×丁目×番地「沢木とおる(仮名、以下同)」と書かれている。

物流会社は発送人に連絡を取ろうとしたが、記された住所に沢木なる人物はおらず、発送人不明の荷物として扱われていた。

行李はすぐに所轄のB署に運ばれたが、署内には検視に適当な場所がなかったため、異例ではあるが、屋上で実施されることになる。

蓋の角がすり減り、古ぼけている行李の大きさは、縦67センチ、横45センチ、高さ34センチ。蓋を開けると、包装紙を二つ折りにしたもので中身が覆われており、横には古新聞が差し込まれている。包装紙は「××靴店」と印刷されており、住所はI県L市のもの。新聞紙は3大紙のほかに、I県の地域紙もあった。

包装紙の下の古毛布を広げると、所々にセロハンに包んだ防腐剤が入れてある。死体は女性で、右横になり、頭を前に曲げ、両足を「く」の字型にして、膝を抱え込んだ格好をしていた。

知人のクミさんという女性では…

白地に水色の模様が入ったネグリジェを着ているが、裾を後ろからまくり上げて頭を包んでおり、その下に白い女物肌着、茶色毛糸の男物腹巻、赤毛糸ズロース、ピンク色ショートパンツという姿だ。

首には腰ひもが2巻きされて、後ろ側で結ばれており、死因は明らかに絞殺と思われた。また、頭髪は所々脱落していて、その箇所には白いカビが生えており、体の一部や手足の指はミイラ化している。

そうした指から指紋を採取するため、科捜研から技師が呼ばれた。技師はシリコンラバーを死体の指先に塗布し、それを剥がして引き延ばしたものが写真撮影される。

検視が終わると、医科大学で解剖が行われた。死因は絞頚による窒息死で、死後3カ月くらい。年齢は20歳から24、25歳で、身長は149センチというものだった。

B署に設置された捜査本部では以下の捜査方針が立てられる。

○犯罪地がI県L市と判断されるため、本部員がI県警へ赴く
○梱包材料と被害者の衣類などをI県警へ送る
○I県警の応援を求めて、被害者の身元割り出しに全力を挙げる
○発送を受け付けた物流会社支店での事情聴取
○死体から採取した歯の治療痕を使った、L市内の歯科医への聞き込み
○採取された指紋を使用して、風俗営業法違反などで検挙されたことのある女との指紋照合

そのなかで、発送した物流会社の支店員によれば、「荷物を持ってきたのは、22〜23歳くらいの男で、身長は160センチほどで背広を着用し、自筆の荷札を提出した」とのことだった。すると、発見された死体についての新聞報道を見たという人物から、I県警本部に電話が入る。

「被害者は、私の知人であるクミさんという27歳の女性ではないか。クミさんはL市J区のキャバレーPで働いていたことがあり、年下の男と同棲していた。3カ月前の夜に突然、所在不明になったが、始終男の腹巻と赤毛糸のズロースを身に着けていた」

ただちにキャバレーPへの捜査を行ったところ、クミというのは源氏名で、本名は沢木千賀子(35)だということが分かる。「沢木」という苗字が、行李の発送人と同じ苗字だった。

X県出身の千賀子は、アパートで20代の藤野信也と同棲していたが、ふたりは3カ月前にどこかへ転居していた。

カネを相当持っていると思い…

時を同じくして、I県と隣接するP県警のT署から、B署にある捜査本部に連絡が入る。

「管内のバーテンダーの沢木信也という男が、本件の犯人ではないか。沢木は今月になって、店のカネを持ち逃げして、所在不明になっている。その沢木の筆跡と、荷札の筆跡が酷似している。沢木の本籍住所はL市で、『妻がいたが死亡したので、X県で葬式を済ませた』と周りに話していた」

捜査本部では、千賀子と同棲していた藤野信也と、沢木信也が同一人物ではないかと判断し、彼の本籍地であるL市にある所轄署のI交番で、住所地について直接確認するために、捜査員を向かわせた。

そして捜査員がI交番に到着したときのことだ。同交番の机の上に「藤野信也」と書かれた紙片が置かれているのである。捜査員が事情を尋ねると巡査は答えた。

「この男は、U県警Z署から照会を受けました。藤野を職質したので、本籍住所氏名などを、受け持ち連絡簿で調べてほしいとのことです」

捜査員はそのことを捜査本部に即報する。報告を受けた捜査本部は、すぐに部長刑事をU県警鑑識課に送った。藤野の指名手配、逮捕歴などについて、部長刑事からの説明を聞いた鑑識課員は驚く。

「藤野については、ただいまZ署から照会があったばかりですが…」

その日の午後4時25分ごろ、Z署の外勤係の捜査員が、質屋への入質者を職質しており、その相手が藤野信也だというのだ。

部長刑事は藤野の身柄があるというZ署のJ交番に電話を入れる。

「藤野は大事なホシだ。身柄をZ署に移してくれ」

その電話のやり取りを横で聞いていた藤野は、たちまち蒼ざめた。J交番にはすぐにパトカーが呼ばれ、藤野は捜査員に両脇を挟まれてZ署へと向かう。

藤野は観念していたのか、すぐに犯行を認めた。解剖では20代前半だとされていた死体は、35歳の沢木千賀子だったのだ。

取り調べで藤野が明かした犯行の事実は、以下の通りである。

「私が千賀子と同棲したのは1年くらい前です。彼女には長男(11)があり、X県の父親のところに預けていました。千賀子は私より10歳あまり年上でしたが、キャバレーでホステスをやっていたから、カネを相当持っていると思い、一緒にいれば楽な生活ができるんじゃないかというのが、同棲の理由です」

ふたりは最初、J区のAアパートに住んだが、その後N区のBアパートに引っ越し、その頃からいざこざが絶えなかったという。

「揉めるのはたいていカネのことでした。千賀子は思ったほどカネを持っていなかったし、それを当てにするくらいだから、私もカネはなかったので…。事件を起こす前には別れ話も出ていました」

せめてもの償いと死体を発送

別れ話から2週間後、ふたりにとって決定的な出来事が起きてしまう。

「私が寝ていると、千賀子が私の枕に寄りかかって、『月給が少ない』と愚痴を言ったのです。それでついカッとなり、寝間着の腰ひもで彼女の首を絞めました。最初は抵抗されましたが、しばらくするとぐったりして動かなくなり、ビックリして揺り動かしてみたんですが、生き返らなかった」

自分のやったことに驚いた藤野は、家を飛び出してしばらくL市内をさまよったが、死体の始末をしなければと、アパートに戻っている。

「押し入れに竹製の行李があり、中にちょうど古新聞や包装紙と一緒に毛布があったので、死体を梱包して行李に詰め、引っ越しのときに使った麻縄で結わえました」

死体を発送したことについては、彼女の生前の希望を叶えるつもりだったと口にする。

「千賀子は生前『U県に行きたい』と言っていたので、せめてもの償いだと思い、U駅止めで送りました」

その後、L市を離れた藤野は、隣接するP県でバーテンダーとして働き、今月になってU県のT区にあるキャバレーのボーイとなっていた。だが、生来のカネ遣いの荒さから、すぐに生活は困窮してしまう。

「カネに困って、前の勤め先でくすねた背広を、T区にある質屋に入質しようとしたんです。そうしたら、背広のネームの部分にちぎった跡があったので、店主に怪しまれてしまいました。それで質屋を逃げ出したところで…」

質屋は警察に通報し、外見の特徴から、藤野は外勤警察官の職務質問を受けることになった。それが逮捕に繋がったのである。

「すべては自分がやったことの報い。これから罪を償っていくつもりです…」

小野一光(おの・いっこう)
福岡県北九州市出身。雑誌編集者、雑誌記者を経てフリーに。『灼熱のイラク戦場日記』『殺人犯との対話』『震災風俗嬢』『新版 家族喰い――尼崎連続変死事件の真相』など、著者多数。

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