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『昭和猟奇事件大捜査線』第44回「便りが途絶えた妹を探して欲しい…消えた売れっ子ホステス」~ノンフィクションライター・小野一光

(画像)Tadashi Okabe / shutterstock

北国の町として知られるB市にあるB署に、1通の手紙が届いたのは、昭和40年代の冬のことだ。

差出人は遠く離れた四国のU県に住む加藤晴美(仮名、以下同)という33歳の女性だった。

《私の妹は水野涼子といい、昭和3×年7月ごろまでP市L区の旅館で女中をしておりました。そのころP市の調理学校を終えてB市へ帰った向井さんを慕い、あとを追って行きました…》


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P市があるのは関西地方。だが水野涼子(28)は、そこから北国のB市に男性を追って行ったのだという。

《妹は親思いで、折々に親元へ便りをよこしていましたが、昨年11月ごろからぱったり便りが途絶え、こちらから手紙を出しても、戻ってくるのです。
たまたま、先日妹の友達だというB市の女性から便りがあり、「どうも妹さんは殺されているようだ」と書いてありました。どうか妹を捜してください》

手紙を受け取ったB署の防犯課では、さっそく涼子が行方不明になった前後の状況について調べた。そうしたところ、「不審な点が多く、犯罪の疑いが強い」との判断が下され、事案は同署の刑事第一課に引き継がれたのである。

捜査員はまず、涼子が働いていたB市のバー「マカオ」のマダムとホステスに事情を聴く。それらをまとめると、次のようなことが判明した。

「涼子さんは〝ナオミ〟という源氏名で1年前から『マカオ』で働いていました。客扱いが上手で、店では1番の売れっ子。2カ月前に突然いなくなったけど、思い当たる理由はなく、どうもおかしい。殺されてるのではないでしょうか。ナオミちゃんには小山という彼氏がいた。ナオミちゃんは大変な守銭奴で、ヤミの高利貸をやっていたので、少なくとも100万円くらいは持っていたと思います」

親思いの妹が持つ〝別の顔〟

捜査員は、涼子の情夫である農業従事者の小山信二(39)に立ち会ってもらい、彼女のアパートの部屋に入ってみることにした。

部屋は8畳1間で、部屋の中央にストーブが置いてあり、押し入れの前に布団が敷いてある。押し入れの中は荒らされているが、箪笥の中の衣類やハンドバッグ、手提げなどには手を付けた様子がない。また、食器棚の鍋には、真ん中をわずかにえぐって食べた形で白飯が残っており、表面にはカビが生えている。

小山は失踪直前の涼子に会っていた。彼は言う。

「午後11時20分ごろ、市内のバー『チェス』でナオミと会ったが、そのとき彼女は『30分くらい待ってて。おカネを取ってくるから』と言って、出て行ったまま帰ってきませんでした」

そうした報告を聞き、単なる失踪ではなく、貸金の取り立てに行って事件に巻き込まれたのではないか、と考えたB署長は、その旨を本部に届け出た。そこで事件性が疑われたことで、B署に捜査本部が設置されることになったのである。

捜査本部では、以下の捜査方針が立てられた。

○アパートの居住者から涼子の行状、来訪者の聞き込み捜査
○バー「マカオ」での稼働状況と異性関係の捜査
○過去に関係があった男の当夜のアリバイ捜査
○最後に足のある、B市内のバー「チェス」を中心とする足取り捜査
○涼子の金銭貸借関係者の洗い出し
○現場を中心とするタクシー・ハイヤー業者に対する捜査
○変死体、精神病院入院患者の捜査

捜査本部では、涼子が行方不明になった原因と、盗難の状況などを明らかにするために、令状を得て涼子のアパートの現場検証を行った。結果は次の通りだ。

○和・洋服合わせて66点の衣類は整頓してあり、手を付けた様子がない
○鏡台の化粧品箱の下から、紙包にした現金6000円、預金通帳1冊(残高30万1847円)、定期預金証書1枚(額面80万円)が発見された
○貸金の借用書、印鑑等は発見できなかった
○押し入れの下段を薪の置き場に当てているが、8畳間中央部にあるストーブの、すぐ近くの畳の上に、新しい薪5束を置いてあり不自然である
○普段着は長椅子や鏡台の上へ脱ぎ捨ててある

涼子はP市の旅館で女中として働いていたが、同市の調理師学校へ通っていた向井洋治と関係ができ、彼がB市へ戻った後を追いかけてきた。

行方不明後に室内に入った者

しばらく向井の世話で、B市の食堂「あいはら」の住み込み女給をしていたが、その後は勤め先を転々とし、前年からバー「マカオ」で働くようになっていた。その間に関係のあった男は5〜6人いたが、一度に2人の男は作らず、必ず手を切ってから次の男に移っていたようだ。

バー「マカオ」のホステスは捜査員に語る。

「ナオミちゃんはお店の電話で、ずいぶんきつくおカネの請求をしていました。相手は島田さんでした」

また別のホステスは次のような話を口にする。

「行方不明になった日の夜11時30分ごろ、店を閉めてお寿司を食べに行く途中で××ハイヤーの前を通りかかるとナオミちゃんが立っていました。『ナオミちゃん、シーさん(島田)とデートかい?』と冷やかすと、『ううん』と言ってました」

ここで出てきた島田というのは、島田幸助という燃料店の取締役を務める40代の男で、妻子がいるが、かつてナオミこと涼子と関係のある男だった。

涼子が行方不明になったときに交際していた小山も島田の存在は知っており、彼女の行方を尋ねるために、島田に電話をかけていた。小山は捜査員に説明する。

「私が『マカオ』の経営者だと偽って、『いなくなったナオミがあんたのところに貸金を取りに行くと言って出掛けている』とカマをかけたところ、あの男は『××ハイヤーの前でナオミと会った。借金の内金として1万円渡した。そこで別れたので、その後のことは知らん』と言ってました」

捜査本部では、島田について内偵捜査を行うことが取り決められた。

その中で、涼子が行方不明になった後に、彼女のアパートの鍵を開けて室内に入った者がいることが分かる。そこでアパート住民に対する徹底的な聞き込みを行ったところ、島田の会社の車がやって来て、男が部屋に薪を抱えて入って行ったことが判明するのだ。

そこで、島田を任意同行して、ポリグラフ検査の後に殺人容疑で取り調べることが決められた。なお、その際に島田の会社でもう1人、運転免許を持っている彼の部下の田口守男(37)についても同時に呼び出し、念のため目撃者の〝面通し〟を行うことになった。

早朝、自宅を出た島田に捜査員が任意同行を求めると、彼は素直に応じた。また、田口にも同様のことが行われた。

「カネを返さないならバラす」

B署に着いた島田は「朝メシが欲しい」と申し出、署員が注文した丼飯を平らげると、悠々と喫煙した。しかし、その後のポリグラフ検査では、殺害場所=車の中、強取したもの=現金・ドアの鍵、死体遺棄場所のほか、犯行後にアパートに入ったということについて、彼は顕著な反応を示した。そこで捜査員は、ますます彼がクロであるとの心証を抱く。

「ナオミからは5万円しか借りてない。2万円返しているので、あと3万円返せばよいだけ。あの夜も××ハイヤーの前でナオミと会って1万円返した。その後は会ってない。仕事も軌道に乗りつつあるのに、俺がナオミを殺すわけがない」

取り調べでは、島田はそう嘯き、シラを切る。しかし取調官が粘り強く彼を諭し続けたところ、午後3時ごろになって顔面蒼白になり、額に汗を滲ませながら、「子供が小さい」、「家庭がなあ…」と洩らし始めた。

やがて1時間ほど沈黙していた島田は、「警察は何もかもよく調べている。ただ、俺に焦点を絞り過ぎている」と口にしたのである。そして、実は単独ではなく、部下の田口と一緒に動き、田口が涼子を殺害したことを自供したのだった。

ただし、その前に調べを終え、〝面通し〟でもシロだった田口は、すでに帰宅させていた。直ちに全署員に非常招集がかけられ、緊急配備が実施される。

同時に、島田の自供に基づいて死体の捜索が行われ、積雪を掘り下げた下水溝で、オーバーとスカートを腰までまくりあげ、頭を下流に向けて仰向けになった涼子の死体が発見された。

「ナオミの借金の催促が厳しく、『カネを返さないなら、私と関係があったことを奥さんにバラす』とまで言われました。それでナオミが憎いと田口に話したところ、ナオミを殺して奪ったカネを折半する、ということで話がついたんです」

島田が借金返済を理由に涼子を車に乗せ、同乗していた田口が車内で首を絞めて殺害。高台の道路脇の下水溝に死体を引きずり込み、持ってきたゴザをかけ、上に雪をかけたと明かす。

島田は肩を落とし言う。

「殺した後、田口に何度たかられたか分からない。こんな苦しみをするくらいなら、いっそ自首しようかと思ったが、家族のことを考えると、どうしても自首できなかった」

その夜、田口は立ち寄り先の居酒屋で逮捕された。

小野一光(おの・いっこう)
福岡県北九州市出身。雑誌編集者、雑誌記者を経てフリーに。『灼熱のイラク戦場日記』『殺人犯との対話』『震災風俗嬢』『新版 家族喰い――尼崎連続変死事件の真相』など、著者多数。

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