エンタメ

『昭和猟奇事件大捜査線』第43回「排水口で見つかった遺体は誰?60日後に浮上した意外な“真犯人”」~ノンフィクションライター・小野一光

bOnTrue
(画像)bOnTrue/Shutterstock

昭和30年代の夏の終わり。午後5時すぎに、北陸地方J県L市の郊外にある市道を、子供と歩いていた主婦・日高奈津子(仮名、以下同)は、道路脇の排水溝に衣類らしきものが落ちているのを見つけた。

「いったい何かしら?」

彼女が近づいて見ると、それは衣類だけではなかった。女の死体だ。

驚いた奈津子はすぐに近くのU警察署に届け出たのだった。

【関連】『昭和猟奇事件大捜査線』第42回「新婚の美人妻の首吊り死体…自殺か、それとも偽装殺人か?」~ノンフィクションライター・小野一光 ほか

直ちに現場に駆け付けた捜査員は検視を始める。死体は年齢30歳くらいの女性で、仰向けの姿勢のまま、流水のない排水溝内に倒れている。

半袖のブラウスにタイトスカートという着衣で、雨靴を履いており、右わきの下に、封を切っていない風邪薬の箱が落ちていた。

死体の顔面はうっ血し、眼瞼・眼球に首を絞められた際に生じる溢血点が多くあり、他殺の疑いは濃厚である。そのためU警察署に捜査本部が設置されることになった。

すぐに以下の捜査方針が立てられる。

○被害者の身元を明らかにするための捜査(広報活動、家出人情報との照会等)
○死体発見現場周辺での地取り捜査
○周辺の素行不良者の行動の洗い出し

そうしたところ、「昨夜から女房が家を出たまま帰らない」という者が現れたのである。

廃品回収業をやっているという鈴木道郎(34)は、「昨夜、妻と喧嘩をしたが、死ぬと言って家を出たまま帰らない。妻でないか見せてくれ」と口にした。

死体安置所に連れて行くと、横たわる死者の顔をしばらく見つめていた鈴木は、「妻の和子に間違いありません」と言うなり、死体にすがって大きな声で泣き始めたのである。

涙一つ見せない冷静な口調

そこで詳しい事情を聴くため、捜査員が鈴木の家に行くことになったが、そこにはなんと、妻の和子さんの姿があった。つまり鈴木は、他人の女性の死体を、妻であると勘違いしていたのだ。

被害者の身元が判明したということで、捜査の進展を期待していた捜査本部は、完全に気勢をそがれる結果となった。

だがその夜のうちに、次なる男がU警察署にやって来た。電気工事業をやっている酒田圭太(35)だ。彼もまた、「妻が昨夜から帰らない」と話す。

しばらく死体の顔を見つめた酒田は、涙一つ見せずに冷静な口調で言った。

「妻の明恵に間違いありません。明恵は自殺ですか? 他殺ですか?」

こうして死体は、L市に住む主婦の酒田明恵(29)だと判明したのである。

実は発見前夜は豪雨で、死体は雨に洗われ、犯人の遺留品らしきものは現場からまったく出ていない。その場で殺害されたのか、よそで殺害されて運ばれてきたのかも、判然としない状態だった。

夫の圭太は「家族は夫婦と長女(10)、次女(7)の4人暮らし」と説明したうえで、失踪時の状況について語る。

「午後6時ごろに家族揃って食卓につきました。そうしたら食事の途中で電話があり、近くの佐田鉄工所から、『モーターが故障したので、至急修理に来てもらいたい』との依頼があった。そこで私は食事を取り止めて修理に出かけ、午後7時20分ごろに帰ってきました」

そうすると、子供2人が留守番をしていて、妻は不在だったというのだ。圭太は続ける。

「子供に尋ねると、『お母ちゃんは、使いに行ってくると言って、普段着のまま出かけたよ』ということでした。食事を終えてそのまま就寝し、翌朝2人の子供に食事をさせて学校に送り出し、そのあと私も仕事に出かけました。夕方家に帰ると妻はまだ帰っていない。それで警察に来て、初めて妻が死んだことを知ったのです」

夫の留守中にわいせつ行為を…

捜査本部ではそう話す圭太を、以下の理由で容疑者と睨んでいた。

○妻が夜間外出し、朝になっても帰らないのに、捜すどころか心配もせず、普段通りに仕事に出かけている
○死体確認の態度が冷淡で、涙一つ見せない

取調官は圭太に対して、厳しい追及を行ったが、彼は言い張る。

「妻は今までにも姉の家へ遊びに行って泊まってきたことが時々ある。だから、今度も姉の家に泊まったものと思っていた。死体確認の際、冷淡な態度に見えたのは私の性格のためである」

その後、圭太のアリバイについての綿密な捜査が行われたが、アリバイは完全で、いつしか彼の容疑は薄くなっていった。

そこで問題となったのが、明恵が夫の留守中に慌てて外出したのは、誰かが呼び出したのか、あるいは彼女自身の用事だったのかということだ。

明恵は午後7時10分ごろ、自宅から600メートルほど離れた薬局で、「長女の風邪薬」として、死体のそばで発見された風邪薬を買っていた。しかし、その後の足取りは分かっていない。

ただし、所持品などは被害に遭っていないことが確認されている。そういうことから痴情、怨恨の線が強い。今後の捜査は、彼女にまつわる痴情、怨恨について、重点的に調べが進められることになった。

事件発生から60日。それまで捜査線上に浮かんだ60余名の容疑者も、捜査の結果、次々とシロとの判定が下されていた。

そこでかつて捜査線上に浮かんだ60余名の容疑者のうち、完全にシロとされた者を除き、シロ・クロがいずれとも決し難い28名について、いま一度アリバイを詳細に検討することが、捜査会議で決められた。

その28名の中に、圭太の使用人である山田幹人(29)がいた。

山田は明恵と同じ年齢で、圭太の信用もあり、彼の片腕として働いている。明恵の通夜や葬儀でも、親戚と一緒に甲斐甲斐しく働く山田を、誰も疑う者はいなかった。

しかし、周辺への聞き込みのなかで、夫・圭太の留守中に、「明恵さんに抱きついた」や、「昼寝している明恵さんの部屋に入って、着物の裾をめくってわいせつ行為をしようとした」との証言があったのである。

そこで3回にわたって山田を取り調べたところ、「冗談半分にやった」と、その行為については認めたが、「それ以上の関係はない」と強調。アリバイについては、「その夜はL市内の映画館で映画を見ていた」として、上映された映画の内容を具体的に答えていた。

だが、その映画の上映期間は4日間あり、犯行前日、あるいは前々日に見ていれば、内容は説明できる。そこで山田に4回目の聴取を行い、シロ・クロの決着をつけることになったのだ。

取調官が、上映期間すべての日程におけるアリバイの追及を行ったところ、山田は抗することができない。そしてついに、犯行を自供するに至ったのである。

『いまさら別れるとは薄情だ』

山田と明恵は、実は1年前から男女の関係があったという。夫の留守を狙って、月に数回、神社や寺院、工場などで密会を重ねていたのだ。その際に旅館などは、「先方に顔を覚えられるとまずいので避けていた」と山田は語る。

「今年の前半、うちの両親が八百屋の娘との縁談を持ってきました。それを明恵に話したところ、彼女はその足で八百屋に行き、『山田は将来の見込みのない不良だ』と中傷して、縁談は破談になったんです」

さらに、犯行の一月前に山田に持ち上がった縁談についても、明恵は同じ手段で破談にしていた。

「そのこと(2回目の破談)を知り、明恵との関係を断とうと決心し、『頼むから別れてくれ』と哀願しました。だが、『絶対にイヤだ』と、明恵は拒絶するのです」

そうしたなか、犯行当日に昼食を終え休んでいた山田のもとに明恵がやって来て、「話があるから今夜7時半ごろに××新道に来てほしい」と誘ったのである。

山田は、今夜こそ別れ話をすると決め、明恵ときっぱり縁を切ろうと考えていたと明かす。

「うどんとコップ酒の夕食を済ませ、まだ時間があるので映画でも見ようと映画館に行くと、2日前に見た映画だったので、仕方なく酒屋でコップ2杯の冷酒を飲み、暇を潰して7時30分すぎに約束の場所へ行きました」

そこで明恵は、「20分も待った。近頃あなたは冷たくなった」と山田を責めたという。

「私は、『俺も30歳になったので身を固めたい。これまでのことは水に流してもらいたい』と頼みましたが、彼女はまったく取り合わず、『いまさら別れるとは薄情だ』と、私を道路の端に押しやってきました」

すっかり彼女に嫌気がさしていた山田は、腹が立って明恵を投げ倒し、馬乗りになって素手で首を締め上げたのだった。

「夢中で首を絞めていたら、10分くらい経って軽い痙攣を起こし、明恵はぐったりしました。そうなってから、自分が大変なことをしてしまったことに気がついたんです」

慌てた山田は、明恵の死体を道路脇の排水溝まで運ぶ。そして、排水溝内に横たわらせると、落ちていた風邪薬を脇に置いた。

「それから走ってその場を去りました。いつかはバレると思っていましたが、怖くて嘘をついていました。刑事さんに話ができて、やっと楽になりました…」

小野一光(おの・いっこう)
福岡県北九州市出身。雑誌編集者、雑誌記者を経てフリーに。『灼熱のイラク戦場日記』『殺人犯との対話』『震災風俗嬢』『新版 家族喰い――尼崎連続変死事件の真相』など、著者多数。

あわせて読みたい