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やくみつる☆シネマ小言主義~『土を喰らう十二ヵ月』/11月11日(金)より全国公開

Ⓒ2022『土を喰らう十二ヵ月』製作委員会
Ⓒ2022『土を喰らう十二ヵ月』製作委員会

『土を喰らう十二ヵ月』
監督・脚本/中江裕司
出演/沢田研二、松たか子、西田尚美、尾美としのり、瀧川鯉八、檀ふみ、火野正平、奈良岡朋子
配給/日活

好きな映画ですねぇ。長野の古民家で一人暮らす作家の自給自足生活。淡々と映し出される四季折々の里山の情景。そして、自宅前の畑で育てた野菜についた土を無骨な手で丁寧に洗い流して調理する。

ほうれん草の胡麻和え、若竹煮、胡麻豆腐など、素朴な料理の数々。中でもかまどに薪をくべ、羽釜で炊いた白飯のうまそうなこと。

しかしです。自分は今、絶賛ダイエット中。1食を「飲むサプリ」に置き換えるやり方で、2カ月で7キロ落としたところです。太り続けて持っているズボンがまったく入らなくなった状態から、すんなり穿けるようになりました。

そんな身には「めしテロ」と呼びたいほどの危険な映画です。胃の腑に訴えかけられて「上質なご飯が食べたい」欲に歯止めが利かない。本作を見終わったあと、一緒に見たカミさんとトンカツ屋に飛び込み、ご飯大盛りを頼んでしまいました。本作に出てくるのは、すべて肉なしの精進料理なんですけどね。白飯をおいしく食べるなら、揚げ物でしょうという判断です。

というわけで、本作をご覧になる前に腹を満たしておく方がストーリーに集中できると思います。伊丹十三監督の『タンポポ』も胃を刺激してくる映画でしたが、余計なシーンをそぎ落とすと、こんな滋味深い「精進」映画になるのでしょう。

しみじみ染みる「めしテロ」映画

主演が、老いてなお独特の色気を放つ沢田研二、その年の離れた恋人で担当編集者が松たか子。とはいえ、ラブシーンがあるわけでなし。ひたすら料理研究家・土井善晴氏監修の料理を見続けることになります。

松たか子のキャスティングが絶妙だと思ったら、監督が「すごく色っぽいけど、そのことを自覚していない女性を」と考えて選ばれたとパンフレットに。そういう人って、男にとって最も罪な存在。ジジィキラーですよね。

原作者の水上勉が幼少期に口減らしのために禅寺に奉公に出され精進料理を習っていたこと、文壇きってのモテ男で、いろんな女優と浮名を流したという背景が本作にうまく生かされています。

こんな後半生に憧れはするものの、腹が出きった白髪混じりの老人になっても女性が放っておかないジュリーだから再現できること、と一抹の寂しさも覚えます。

本作に出てくる野菜の数々は、この映画のために開墾した畑に助監督たちが育てたものらしい。旬の採れたて野菜と季節の風景を、1年6カ月もかけて撮影したそう。監督の本気度が伺えます。

数々の料理が盛られる器もしみじみ美しい…と、年とるとこんなところにも目がいくもんだなと、自分の変化にもしみじみしました。

やくみつる
漫画家。新聞・雑誌に数多くの連載を持つ他、TV等のコメンテーターとしてもマルチに活躍。

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