俊足、好打の外野手として、阪急ブレーブスの黄金時代を支えた〝世界の盗塁王〟福本豊。多彩なエピソードから「関西のちょっと変なオッチャン」の印象もあるが、その素顔は根っから真面目で研究熱心な求道者なのである。
1983年、当時の世界記録となる939盗塁を達成した阪急ブレーブスの福本豊は、国民栄誉賞の授与を打診された際に「そんなもんもろうたら、立ちションもできなくなるわ」と言って辞退したと伝えられる。これについては「王貞治、古賀政男に次ぐ歴代3人目の栄誉よりも自由を選んだ」とのニュアンスで語られることも多いが、福本の本心はそうではなかった。
タバコも吸えば酒も飲む。夜の街で飲んだときには立ち小便をすることもある。あくまでも自然体の福本にとって、国民の規範となるべき同賞の受賞は、正直、荷が重いというのが偽らざる本音だった。
70歳を過ぎた今もプロ野球解説者として活躍する福本は、これまでに多くの珍発言を残している。
延長15回まで0が並んだスコアボードを見て「たこ焼きみたいやな」。死球でランナーが出た際、実況アナから「この場面では当てたピッチャーのほうが痛いですね」と振られて、「いや当たったほうが痛いよ。いっぺん当てたろか?」。
阪神でコーチを務めていたときも同様で、盗塁のコツを質問されて「まず、塁に出ることやね」と答えている。選手たちとしては塁に出てからのことを聞きたいのに、これにはさぞかし面食らったことだろう。
現役時代の徹底的な努力
だが、別に福本は冗談で言ったわけではない。出塁しなければ盗塁のチャンスを得られないのだから、そのためにはまずヒットを打ったり、四球を選んだりする必要があるという率直な考えを語っただけなのだ。
実際問題として、もしも福本が打撃をおろそかにしていたならば、きっと代走要員としてキャリアを終えていたに違いない。
ユニークな逸話から、福本のことを「関西のちょっと変なオッチャン」と思う人は多いだろう。だが、現役時代はそんなイメージと異なり、誰よりも真面目に練習し、研究熱心な選手として知られていた。
社会人の松下電器時代から俊足で鳴らしていたが、身長が低いこともあってプロからの評価は低く、1968年のドラフトで阪急から指名されたときの順位は7位。決して期待されて入団したわけではなかった。
福本自身も、指名されたことを翌日のスポーツ紙で知ったほどで、球団側からすれば「控えの外野手や代走で使えれば儲けもの」ぐらいの気持ちであったのだろう。だが、それだからこそ福本は、生き残りのため徹底的に努力した。
1年目から代走などで一軍での出場機会を得ていたが、それに甘んじることなく練習ではとにかくバットを振り込んだ。そうして打力を向上させたことで、早くも2年目にはレギュラー外野手の座を手に入れた。
さらに、同年には75盗塁を決めて盗塁王のタイトルを獲得し、88年の引退までに通算1065盗塁の日本記録を達成している(MLB記録はリッキー・ヘンダーソンの1406盗塁)。
サポーターを大事に心理戦にも長ける存在
福本の盗塁には、当時のライバルたちもお手上げ状態だった。足の速さは当然ながら、特に優れていたのが相手投手のクセを盗むことで、打者への投球と牽制のときのフォームの違いをミリ単位で見定めていた。
球団によるビデオ撮影がまだ実行されていなかった時代、福本は知人に頼んで8ミリカメラに各投手の映像を収めると、クセが見つかるまで何度も再生し、投球モーションをチェックしたという。こうした投手の研究は、盗塁だけでなく打撃にも好影響をもたらすことになった。
福本は心理戦にも長けていて、あの野村克也ですら「あいつは走ると思うと走らないし、走らないと思うと走る」と舌を巻いていた。突出して肩が強いわけではなく「読み」で盗塁阻止を図った野村からすると、福本はまさに天敵とも呼べる存在だったようだ。
盗塁王のタイトルを通算13回も獲得しながら、決しておごることはなく「有能なサポーターがおらんと、盗塁なんて一つも成功しない」と語っている。
1番打者において、自分が出塁した後に続く2番打者の働きは重要で、中でも大熊忠義はわざと空振りして盗塁をアシストするなど、巧みな技術でその記録を支えた。福本自身も大熊が2番に定着した1974年から77年までを振り返り、「野球人生で最も充実していた」と話している。
球団が足に1億円の保険をかけたり、集客のためのイベントで馬と競走させられたり、俊足という天性の才能ばかりが注目されがちな福本だが、その裏にはたゆまぬ努力や周囲への感謝があったのだ。
《文・脇本深八》
福本豊
PROFILE●1947年11月7日生まれ。大阪府出身。1968年にドラフト7位で阪急に入団。70年から13年連続で盗塁王に輝き、通算1065盗塁、通算115三塁打、シーズン106盗塁は、いずれもNPB歴代1位。
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