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『昭和猟奇事件大捜査線』第27回「男女の情交を目の当たりにして殺意が芽生えた?消えた“のぞき男”」~ノンフィクションライター・小野一光

※画像はイメージです (画像)sevenke / shutterstock

「助けて、誰か助けてください…」

秋の陽が暮れ始めた夕方のT公園で、息を切らしてやって来た年若い女性が、ベンチに座っていた同年代のカップルに助けを求めた。昭和30年代、関西地方O県L市でのことだ。

女性から連れの男性が見知らぬ男に刺されたと聞いた2人は、そこから600メートルほど離れた写真館にある電話から110番通報をした。

通報を受けたL署は、ただちに捜査係の巡査部長ほか3人を現場に急行させ、県警本部に報告するとともに、緊急配備と署員の非常招集を発令。同時に県警本部は、県下各署および出勤中の全パトカーに緊急配備を命じ、隣接他県に対しては、県境検問の開設を要請している。

連れの男性を刺された女性は、P県の映画館で働く熊谷紀子(20・仮名、以下同)で、連れの男性は同県に住む出口慎太郎(23)とのことだった。

現場で倒れているのが発見された出口は、救急車で県立病院に運ばれる途中で死亡した。同病院で死体の損傷を検分したところ、顔にはいくつかの擦過傷があり、頸部と胸部には刃物によるものと見られる切創があった。

後の死体解剖によれば、胸部刺傷による出血失血死で、頸部の傷の深さは8.5センチ、胸部の傷の深さは14センチであることが判明した。

一方、紀子は捜査員による事情聴取に対し犯人は年齢40歳前後、身長1.58メートルくらい、肥満体、頭髪油気なく前へ垂れる、黒っぽい背広上着、白カッターシャツ、茶色ズボン、一見浮浪者風という説明をしている。

彼女によれば、森林内の木立に寄り添って出口と抱き合っていたところ、犯人がそれを覗いていたため、出口が罵倒。すると犯人が包丁を持って駆け寄り、出口の首と胸を刺したという。

三角関係のもつれと思われたが…

現場からは、紀子が持っていたカメラや現金が入っている手提げかごが奪取されており、強盗殺人事件であるとして、所轄のL署に捜査本部が設置された。

捜査本部は紀子の供述や現場の状況から、以下の捜査方針を立てている。

○被害者関係の痴情、怨恨を目的とする身辺捜査
○犯人の足取り解明を目的とする地取り捜査
○のぞき常習者の解明捜査
○付近飯場土工の解明捜査(特に手配師を通じての就労者の動向)
○恐喝、性的犯等の同一手口前歴者の手口捜査
○現場付近の捜索(付近山中における遺留品等の発見)
○付近の不良者、前歴者の捜査
○ぞう品捜査

その後の捜査では、被害者の出口が、アパートで25歳の情婦と同棲し、そのうえで紀子と関係していることから、三角関係のもつれが疑われたが、情婦と紀子の男関係の捜査を行ったところ、容疑となるべき事実は見つからなかった。

また、犯行現場のT公園内に出入りする行商人、同公園の管理人や、その他現場付近での徹底した聞き込み捜査を行ったところ、次の目撃証言が集まっている。

①事件当日の午前10時ごろ、××駅近くの食料品店で酢昆布を買い求めた男
②同日午後1時30分ごろ、現場西方約250メートルの公園山林内で寝ころんでいた男
③同日午後4時ごろ、現場西方約200メートルの同公園内無料休憩所の前を通った男
④同日午後5時25分ごろ、現場の南西約150メートルの社務所北側の路上を通行した男

ここに出てきた人物は人相風体から同一人物で、容疑者ではないかと疑われた。

別の捜査では、このT公園での「のぞき」の常習者は39人おり、その全員について、容姿やアリバイなどの裏付け捜査を行ったが、先の目撃証言に出てくる人物とは異なるとの結果に終わった。

しかし、事件当日に同公園内に出入りしていた「のぞき」8人のうち3人が、その目撃証言にある②、③、④の男を目撃していたことが判明している。

また、付近の工事現場などの捜査においては、工事現場43カ所、就労土工591人について明らかにして、裏付け捜査が行われたが、いずれも容疑者らしき人物はいなかった。

“のぞき男”3人全員が声を上げた

さらに手口関係の捜査として、屋外強盗、恐喝、性犯罪の県内前歴者95人および、近隣県での類似手口の前歴者の照会も行って裏付け捜査をしたが、容疑者は出てこない。

一方で、事件発生当夜に警察犬2頭を使って被疑者の逃走経路および付近の検索を行った結果、現場から東北約80メートルの地点で、被害品である手提げかご、ネッカチーフ、ハンカチを発見。しかし、カメラや財布、身分証明書や凶器などが未発見だったため、翌日より自衛隊から借り上げた地雷探知機を使用して検索を行ったが、発見には至らなかった。

成果が少ないなか、容疑者と認められる男が寝ころんでいた場所を捜索した結果、粉々に破られた名刺1枚と定期券1枚を発見したため押収。つなぎ合わせたところ、名刺は「××組 田辺道夫」とあり、定期券は氏名欄が「高橋△△(*△△は判読不明) 男 28歳」と判読できた。

そのうち定期券については、発行時の記録から、かつてL警察署が泥酔保護をした、L市に住む高橋幸助(28)であると認められたため、氏名照会によって犯歴を確認したところ、2年前にP県のJ署で検挙されていたことが判明する。

そうしたなか、捜査が大きく進展する出来事が起きたのである。

犯行6日後に、当日T公園に出入りしていた「のぞき」3人を捜査本部に呼んでモンタージュ写真の作成をしていたときのこと。そこにJ署で検挙された際の、高橋の被疑者写真が届けられた。捜査員からその写真を見せられた3人は、「この男だ」と、全員が声を上げたのだ。

捜査本部はただちに、紀子に対しても高橋幸助の写真を見せた。すると紀子は「顔の形はよく似ているように思うが、髪の前垂れがやや違うし、年は40歳くらいだった…」と譲らない。

そこで捜査本部は、容疑者が高橋ではない可能性も視野に入れて、新たな捜査方針を立てたのである。

○高橋の所在を徹底的に追及する
○手配師を通じてL市内で就労した土工の継続捜査
○ぞう品の徹底的継続捜査

そうした捜査を進めると同時に、高橋については、彼が9カ月前にL市内で起こした暴力行為等処罰に関する法律違反で、全国に指名手配したのである。

すると、高橋がL市での事件発生の前日に、P県にある寄宿していた寮で、同僚に対する傷害事件を起こしており、その足で元上司の元を訪れ、血のついた刺身包丁を示しながら、金銭を受け取って出て行ったことが明らかになった。

捜査本部は出口が被害者となった事件で、凶器について刺身包丁との見立てをしていたため、高橋が刺身包丁を持っていたとの情報に沸き立つ。

そこで高橋を、強盗殺人事件の重要参考人として、全国に公開捜査を行うことにしたのである。

罵られて無性に腹が立ち…

それから1カ月後、高橋は遠く離れた関東地方にあるU県警の管内で、タクシーの無賃乗車の現行犯で逮捕された。続いてL署に身柄が移送された彼の所持品から、紀子の定期入れが発見押収されたことから、高橋はL市での強盗殺人事件の容疑者として、通常逮捕されたのだった。

先の情報にあったように、高橋は犯行前夜、P県の寮において、同僚の鈴木正二と金銭問題で口論になり、刺身包丁で左胸部、右手、顔面などを刺し、その場から逃げていた。

続いて行った元上司の元では1000円を受け取り、その後、破り捨てられた名刺にあった「××組 田辺道夫」を訪ねるも、留守だったのである。

翌日になって、高橋は彼の元から出て行った妻子を探そうと、妻の親代わりである鎌野瑞樹を訪ねたが、彼女は勤めに出ており、夕方まで帰ってこない。そこで時間つぶしをしようと出かけたのがT公園だった。

高橋は犯行に至る動機を口にする。

「夕方になり、これから鎌野瑞樹のところに行こうと公園内を歩いていると、木立のところにもたれて男女がキッスをしていました。それで傍へ近寄って覗いていると、キッスをしていた22〜23歳の男が、『こらおっさん、いい年をして…』とかなんとか私を罵ったんです。それで、『おっさん』という言葉に無性に腹が立ってしまい…」

カップルは高橋に悪態をつくと、50メートルほど離れたところで立ち話をしていた。

「懐には前日に鈴木を刺した包丁があったので、それを手にして、『さっきはよくも…』と言いながら近づき、いきなり相手の男の首と胸を突き刺しました」

凶行を目にした紀子は、悲鳴を上げると、一目散に逃げ出した。高橋は、彼女がその場に残した手提げかごを拾うと、走って北側の木立の間を逃げている。途中、手提げかごの中からカネになりそうなカメラと定期券、財布を選別して持ち去ったのだという。

そんな高橋は、相手の男が死んだことを、翌日の新聞で知る。そこで遠方の関東方面を目指して切符を買い、凶器に使用した包丁は車中から放り投げていた。だが、その後カネが尽き、無賃乗車で逮捕されてしまう結末を辿ったのだった。

小野一光(おの・いっこう)
福岡県北九州市出身。雑誌編集者、雑誌記者を経てフリーに。『灼熱のイラク戦場日記』『殺人犯との対話』『震災風俗嬢』『新版 家族喰い――尼崎連続変死事件の真相』など、著者多数。

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