社会を震撼させた重大事件であっても、ひとしきり報道が過熱し、犯人の裁判が一区切りつくと、われわれが知り得る情報は少なくなりがちだ。面会と文通をはじめとする独自の取材データに基づき、テレビ、新聞が報じない著名な殺人犯の近況を報告する!
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「俺はヒゲが濃いので、電気カミソリで剃り切れず、散髪の際にバリカンで剃ってもらっていました。でも、今はコロナ禍で散髪回数を制限されたので、ヒゲも剃ってもらえていないんです」
9月初旬、東京拘置所の面会室。小松博文被告(37)は、頬と口のヒゲが伸び放題の理由をそう説明した。
報道で流布したSNSの写真では、目つきの悪い男に見えたが、実際の小松は童顔で、話し方もどこか子供っぽい。そうと知らなければ、死刑になる罪を犯した人物には思えないだろう。
今から5年前の2017年10月6日深夜、小松は茨城県日立市の自宅アパートで、寝ていた妻の恵さんと幼い5人の子供たちを次々に包丁で刺したうえ、ガソリンをまいて放火し、全員を殺害した。恵さんの浮気を疑って追及したところ、逆に離婚を迫られて、「恵や子供たちを取られたくない」と思い詰めた末の凶行だった。
犯行後、警察に出頭して自首。昨年6月、水戸地裁の裁判員裁判で死刑を宣告され、現在は東京高裁に控訴中だ。ところが…。
「正直、罪の意識が持てないでいるんです」
小松は胸の内をそう明かした。逮捕後、獄中で病に倒れて死にかけ、それが原因で事件の記憶を失ってしまったためだ。
「記憶を失う前に受けた取り調べの調書を見ると、俺は事件のことを詳しく話しているので、自分がやったことは確かだと思います。でも、妻の浮気を疑ったことや離婚を迫られたことから覚えていないんです」
そう語る小松は死刑判決についても、「弁護士に説得されて控訴しましたが、俺自身は死刑でもしょうがないと思っています」とサバサバした感じで言った。
記憶とともに失った罪の意識
獄中では日々、どのように過ごしているのか。
「以前は妻や子供たちのために写経をしていましたが、今はしていません。罪の意識が持てないのに、形だけ写経をするのは違うように思ったからです。今、獄中でしていることは…、本を読むくらいですね」
そんな小松が「もう何度も読みました」と言うのが、人気作家・東野圭吾の小説『手紙』だ。
同作は、人を殺して服役する兄を持つ主人公の青年が、人生の節目節目で「殺人犯の弟」として差別され、苦悩と葛藤を重ねた末に兄と決別する物語。小松自身も逮捕後、手紙をくれていた親友に「娑婆にいる人間が、自分のような人間と関わらないほうがいい」と告げて縁を切ったそうなので、作品の世界観が自分と重なるのかもしれない。
「両親もすでに2人とも死んでいるので、今、面会に来る人はほとんどいません。付き合いが続いているのは、ある犯罪被害者遺族の人だけです。その人は犯罪被害者遺族なのに犯罪加害者の支援をしていて手紙に〈加害者の人も絶対に更生できると信じている〉と書いてきてくれました。それが心の支えになっています」
淡々とした小松は、死刑への恐怖も「正直、ありません」と話す。この男なら、いずれ訪れるかもしれない死刑執行の日も、穏やかな足取りで処刑場に向かうだろう。
(取材・文/片岡健)
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