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松坂大輔「自信が確信に変わりました」~心に響くトップアスリートの肉声『日本スポーツ名言録』――第19回

松坂大輔
松坂大輔 (C)週刊実話Web

2021年10月に日米通算170勝を挙げた〝平成の怪物〟松坂大輔が、23年間の現役生活に幕を下ろした。キャリア晩年は故障に苦しむ日々が続いたが、高校時代からプロ入り後にかけてのスターの輝きは、今もなお消えていない。

横浜高校3年時の1998年に甲子園で春夏連覇を果たした松坂大輔。夏には準々決勝で、延長17回250球を投げきって完投勝利し、さらに決勝ではノーヒットノーランを成し遂げた。

どこか少年らしさの残るルックスは野球ファン以外にも愛されて、プロ入り前から〝松坂フィーバー〟が巻き起こった。

同年秋のドラフトで横浜ベイスターズ、日本ハムファイターズとの競合の末、西武ライオンズが交渉権を獲得すると、松坂が「意中の球団は横浜ベイスターズでした」と話したことも好感につながった。

1993年に希望入団枠制度、いわゆる逆指名が導入されてからのドラフトでは、常に裏金の話がささやかれるなど何か薄汚い印象がつきまとった。また有力選手の多くは「巨人希望」で、他球団からの指名を拒否することもよくあった。

そんな中、高校時代を過ごした縁で「横浜」を希望した松坂に、純粋さを感じるプロ野球ファンは多かったのだ。ただし当の松坂は、そんな「ベビーフェイスで純真無垢」な一方で、ひとかたならぬ闘争心と強心臓の持ち主だった。

怪童ぶりは強烈な印象

プロ初登板は99年4月7日、開幕4試合目の日本ハム戦。この頃、東京ドームの日ハム主催試合は閑古鳥が鳴いていたが、松坂見たさに集まった観客は4万4000人を数えた。

松坂はそんな注目の集まる舞台であっても平然としたもので、当時のチームメートだった金村義明が「緊張していないか?」と尋ねると、「野球で緊張したことがない」と答えたそうだ。

そして、その言葉通り松坂は、デビュー戦とは思えぬ堂々たるマウンドさばきを見せた。

初回、松坂がインハイに155キロの直球を投げ込むと、相手3番打者の片岡篤史は空振り三振。片岡がバットを落として膝をつく姿は、まさに〝きりきり舞い〟といった様子で、松坂の怪童ぶりを強烈に印象付けることとなった。

また、この試合では、松坂の投じたインコースの直球に怒ったマイカ・フランクリンが、マウンドに詰め寄る場面があった。両軍ベンチから選手が飛び出し乱闘寸前になったが、このときも松坂に一切動揺した素振りはなく、逆にマイカをにらみ返していた。

その後、またしても金村が「怖くなかったのか?」と尋ねると、松坂は「(チームメートがベンチから)出てくるのが遅いっすよ」と笑っていたという。

プロ初先発を8回2失点で勝利した松坂だが、4月14日の近鉄戦では好投しながらも、味方の援護なく敗戦。さらに、その次の登板となった4月21日の千葉ロッテマリーンズ戦でも、相手エースの黒木知宏と投げ合って0対2で惜敗。しかし、松坂は試合後に「リベンジします」と宣言した。

日本の興行において、リターンマッチに初めて「リベンジ」の言葉を使ったのはK-1で、松坂はこれを引用したわけだ。そして、4月27日のロッテ戦で松坂は再び黒木と投げ合い、1対0でプロ初完封勝利。見事にリベンジを果たした。

イチローから3打席連続三振

これによりリベンジは同年末の『新語・流行語大賞』で年間大賞に選ばれ、今ではスポーツ界のみならず日常的にも使われる一般的な言葉になっている。

5月16日のオリックス・ブルーウェーブ戦では、ファン待望のイチローとの初対戦が実現した。

前年までに首位打者のタイトルを5年連続で獲得していた〝天才〟イチローと、ルーキーらしからぬ〝平成の怪物〟松坂の対戦は大いに注目を集め、西武ドームには5万人の大観衆が押し寄せた。

そして、この試合で松坂はイチローから3打席連続三振を奪い、8回13奪三振の無失点で3勝目を挙げる大活躍。試合後はイチローを抑えたことを念頭に、「自信が確信に変わりました」とコメントした。

その後、2人の対戦は日本球界にとどまらず、海を渡ったメジャーリーグでも繰り広げられ、通算対戦成績は61打数15安打で打率は2割4分6厘(イチローの日米通算打率は3割2分2厘)。三振の少ないイチローが8つの三振を喫していることから、松坂が力勝負でねじ伏せたという構図が見えてくる。

そんな松坂だがメジャー3年目の2009年に、右肩の疲労や股関節の不調により故障者リスト入りすると、次第に満身創痍となり、成績も低迷。15年の日本球界復帰以降も復調とはならず、昨年引退となった。

シーズン通算170勝。全盛期と呼べる期間は決して長くはなかったが、アテネ五輪やWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)での活躍も印象深い。ボストン・レッドソックス在籍時の07年には、日本人として初めてワールドシリーズに先発し、初勝利投手にもなっている。

そうしたドラマ性まで含めれば、やはり松坂は球史に残る投手の一人と言えるだろう。

《文・脇本深八》

松坂大輔
PROFILE●1980年9月13日生まれ。東京都出身。横浜高校時代に甲子園で春夏連覇を果たし、1998年にドラフト1位で西武入団。2006年のオフにレッドソックスと契約し、メジャーの舞台でも活躍した。

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