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『昭和猟奇事件大捜査線』第18回「若いデパート店員が異常性癖者の毒牙に?咬みつかれた女性の死体」~ノンフィクションライター・小野一光

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(画像)Gold Picture/Shutterstock

「ああーっ、これは…」

昭和20年代の秋深いある日、北陸地方某県K市の牧草地の脇を通りかかった小学校教員の深田哲也(仮名、以下同)は、草むらのなかに横たわる半裸体の若い女性の死体を発見した。

彼はすぐにA駅前の派出所に駆け込み、そのことを届け出る。

捜査員が駆け付けた牧草地は、県道と農道の交差点の内側で、県道との境界は雑木が密生しているため、視界が遮られていた。第一発見者の深田は、農道を通行していたため、死体に気付いたのである。

付近に人家は少なく、最も近い人家でも約70メートル離れていたため、県道であっても夜間通行者は少ない。

捜査員が死体の状況を見分したところ、それは以下の通りだった。

○死体は北向き仰向けで、下半身は裸である

○仰臥した死体は、指先を軽く握ったまま両手を側方に広げ、下肢は約90度開いている

○コート、上着ともにホックを外して前方を広げ、シャツは胸部乳房あたりまでまくり上げられ、腹部にシュミーズを巻き付けた状態であったが、下腹部以下は完全に露出している

○顔面は所々うっ血し、両眼を閉じ、鼻腔より血液様のものを漏出し、口は唇を開き歯は閉じている。唇に口紅の剥げた形跡が認められる

○長さ約88センチの白い人絹切れ端を前頸部より側頸部に垂れていて、結んではいないが、その下に索溝様の皮下出血が認められる

○胸部左乳房から上腹部にかけて赤紫色の皮下出血を認め、さらに衣服および乳房付近に泥砂の付着が認められ、その形状から靴のかかとで踏みつけたものと認められる

○下腹部へそ下6センチの所に、咬みつかれたと思料される楕円形縦2.5センチ、横4センチの歯型の皮下出血および表皮剥離痕跡が認められる

○さらに陰毛の下部において、表皮紫色を呈した直径3センチおよび1センチの皮下出血を認め、右側の鼠径部に爪で生じたと思われる擦過傷が認められる

○陰部は膣口より血液様の液体を漏出し、左側小陰唇中央部に裂傷があった

○被害者の着衣から精液が検出され、血液型はA型

そうしたうえで、死因は解剖の結果、靴様のもので胸部を踏みつけられたための肋骨骨折による肝臓破裂と判定され、姦淫の事実が証明された。

金品奪取も強姦が犯行の主目的

被害者から少し離れた地点では、彼女のものだと思しき赤色ナイロン製手提げカバン、黒色ナイロン製財布(内容品なし)、草色セルロイド製化粧品箱、女物洋傘などのほか、着衣である紺色サージタイトスカート、白色人絹ズロース、チョコレート色の革製細バンドなどが散乱していた。

その場にあったバス定期券により、彼女はK市に住むデパート店員の菊川琴恵(20)であると判明する。

被害者の所持する財布が空になっているため、金品を奪取されていると思われるが、強姦が犯行の主目的だと推定した捜査本部は、次の捜査方針を立てた。

○被害者身辺より容疑者の割り出し

○被害者の足取り捜査

○異常性欲者、この種犯行前科者の捜査

○駐留軍兵士関係の捜査

○性交時の特癖者(咬む)の捜査

○その他一般聞き込み

琴恵の行方不明当日の行動を捜査したところ、彼女は午後8時30分ごろに国鉄A駅で下車し、徒歩にて独りで帰宅していたことが分かった。

家族や勤務先への聞き込みによれば、琴恵は無口で親しい友人は少なく、特にその日、誰かと待ち合わせをしていたという予定は認められない。また、決まった交際相手がいるという話も出てこなかった。

一方で、性交時に咬む習癖者、加えて変態、異常性欲者などの捜査が、K市内の遊郭において徹底的に内偵されたところ、5人の男が捜査線上に浮かぶ。さらに現場付近の居住者でも数人の異常者が発見されたが、いずれも決め手に欠けた。

また、駐留軍ほかの聞き込み捜査も好結果を得られず、捜査は完全に行き詰まってしまう。

そこで打開策として、捜査本部では第2次の捜査方針を打ち立てた。

○被害者の家族、親戚、交友関係捜査の徹底

○被害者の足取りを明確にすること

○変態、異常性欲・性癖者の再捜査(特に遊郭捜査でリストに上がった5人について、性行足取りを徹底的に洗う)

○牧場および付近工場従業員の行動確認

特別班を設けたこれら再捜査の結果、被害者の当日の足取りは、目撃証言も含めて概ね判明した。

そうしたなか、リストに挙がった性交時特癖者の身辺を内偵した結果、1人について、極めて怪しいとの評価が下される。それは、坂巻竜太郎というK市に住む24歳の無職の男で、元警察官という経歴だった。

坂巻についての疑惑はいくつかある。

○事件発生当夜、両親より700円をもらって親戚の家へ行くと称して家を出ているが、行ったとの事実はない

○そのとき泊まってくると言って家を出たが、いつの間に帰ったか、家人が知らぬ間にはしごをかけて2階の居間に入り、就寝していた

○夜中にバケツを2階に持って行って、手袋、靴下などを洗濯した形跡があった

取り調べに対して頑強に拒否

こうしたことに加え、本件の犯行現場が、作為的だと思われる程よく整理され、証拠物件が遺留されていなかったことと、彼の元警察官という経歴の関連性を考察すると、最も有力な容疑者であるというのが、捜査本部の見立てだった。

とはいえ、坂巻の身柄を押さえて取り調べるための具体的な材料は、今のところ見当たらない。

「なんとか坂巻の〝引きネタ(身柄を確保するための情報)〟を捜せ」

捜査員は坂巻の関係先や立ち寄り先を内偵し、情報収集に努めた。すると、彼が2カ月ほど前に、K遊郭の酌婦に対し、性交時に咬みついた過去があることが明らかになったのだ。

捜査本部はその件について、暴行の容疑事実として逮捕状を請求。坂巻を自宅において逮捕したのだった。

「俺は何も知らないし、何もやってない…」

逮捕後の取り調べに対して、坂巻は頑強に否認する。しかし、捜査本部が採取した彼の血液型はA型であり、現場に残された精液の血液型と一致。さらには、彼の歯型と死体に残された咬傷痕も鑑定に出され、そちらも一致したことで、ついに観念したのだった。

坂巻は高校卒業後に父親が勤める紡績工場で働いていたが、単調な仕事に嫌気がさし、工員を辞めて警察官に転職したという過去を持つ。

巡査を拝命してからは、2つの警察署に勤務していたが、遊興費による借金の滞納が発覚。依願退職して両親の元へ帰ってからは、仕事に就くこともなく、ぶらぶらと過ごしていた。

殺意を持って何度も踏みつけた

坂巻は語る。

「こっちに戻ってきたときは、まだ多少のカネがあったので、遊郭に行ってうさを晴らすこともできたんですが、それもすぐに尽きてしまいました。親からは連日、働くように責められ、すっかり嫌気がさしていました。それで、親戚のところに就職の相談に行くと話してカネをもらい、K市内をうろついていたんです」

街歩きにも飽き、自宅に帰ろうとして牧草地の脇に差し掛かったところで、仕事を終えて帰宅途中の琴恵を見かけたのである。

「清楚な感じの服装で、紺色のタイトスカートの後ろ姿を見て、ムラムラとしてきたんです。それで背後から声をかけたところ、向こうは驚いた表情を見せました」

坂巻は琴恵に抱きつくと、「俺の自由になれ」と、情交を迫った。

「いやーっ!」

琴恵は大声を上げて坂巻を振りほどくと、牧草地に向かって駆け出す。だが、男の速足には敵わない。すぐに坂巻に背中を掴まれ、背後に引き倒されてしまう。

「もがく女を押さえつけ、馬乗りになると、これ以上声を出させないために、両手で首を絞めつけました。しばらくそうしていると、相手がぐったりしたので、シャツの前をたくし上げ、シュミーズをずり下げ、彼女が穿いていたスカートとズロースを脱がせました」

そこで坂巻は黒い欲望を遂げたのである。その際に、自身の性癖である〝咬みつき〟に及んでいた。

「すべてを終えてから、事の重大さに気付きましたが、それよりも彼女が目を覚まして、事件が発覚することへの恐怖が強かった。何しろ顔を見られているので、これは殺すしかないと思ったんです」

坂巻は意識を失った琴恵の胸部を、殺意を持って何度も踏みつけ、致命傷を負わせて殺害したのだった。

「彼女の財布を見ると、現金が1520円入っていたので、それを全部奪い、自分の指紋がついているところを拭き取りました。それから証拠は残していないか確認して、誰にも会わないように注意しながら自宅に戻ると、はしごで窓から居間に入り、そのまま寝ました」

しかし結局、〝咬みつき〟という性癖の証拠が彼の特定へと繋がったのである。

小野一光(おの・いっこう)
福岡県北九州市出身。雑誌編集者、雑誌記者を経てフリーに。『灼熱のイラク戦場日記』『殺人犯との対話』『震災風俗嬢』『新版 家族喰い――尼崎連続変死事件の真相』など、著者多数。

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