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「AV新法成立」で現場大混乱!? 守るべき女優が苦しむハメに…

(画像)TORWAISTUDIO / shutterstock

アダルトビデオ(AV)出演をめぐる被害者を救済する法律「AV出演被害防止・救済法(AV新法)」が、6月15日に閉会した国会で与野党の賛成多数で可決・成立し、翌週の22日に公布、23日に施行となった。

この法律では、作品発表後1年間は、出演者が無条件で契約解除できるほか、業者に対しては出演契約の説明の義務付け、契約から撮影まで1カ月を空けること、撮影から公表まで4カ月を空けることなどが定められている。

一見すると、強要被害者を守ってくれる良い法律のように見えるかもしれない。だが、この内容について、AVメーカーなどの事業者だけでなく、女優やユーザーにまで大きな混乱が巻き起こっている。

というのも、この法律が成立したことで、女優たちが「仕事がなくなる」などと訴えているからだ。

《7月に決まっていたAVの撮影が全部中止…AV新法で女優が守られるどころか仕事が無くなって現役の女優たちが苦しむ構図って誰得なん》(現役AV女優・金苗希実さんのツイッターより)

《AV新法のせいで仕事リスケになったよ!!おこなんだけど!!!!!》(現役AV女優・生田みくさんのツイッターより)

ユーザー側も《誰が真っ当なAV会社も潰して良いって言った?》《女優さんがかわいそう》と、業界が危機に追いやられている状況に同情の声を寄せる。

スピード仕上げのために省略した!?

本来、強要されて意図せずに出演させられた女優を救うはずの新法が、なぜ、現役で働く女優を苦しめる結果となっているのか。AV脚本家の神田つばき氏は、次のように指摘する。

「撮影を中止にする理由? それは異例の速さで法案が可決したからですよ」

法案設立の議論の発端は、3月23日に被害者支援団体であるNPO法人『ぱっぷす』が主催した「高校生AV出演解禁をやめてください」と題した緊急集会が、衆議院議員会館で行われたことによる。

当初は、改正民法が施行されたことで成人年齢(親の同意なしで「契約行為」ができる)が引き下げられたことにより、18歳、19歳が被害に遭うリスクが急増すると問題提起され、国会の議論に急浮上した。

そして、超党派で議員立法に向けてプロジェクトチームが組まれると、「国会ってこんなスピード対応が可能なのか!?」と感嘆するほどの展開を経て、5月13日の素案公開から約1カ月で新法成立となったのだ。早くて良い場合もあるが、今回の法案の制定についてはいささか早急すぎるとの声も上がった。

しかも、スピード仕上げをするために、どうも重要な行程をいくつか省略した上、ずさんな資料を基にしているようなのだ。

「驚きましたよ。5月になって急に法案が出てきたんですから。3月末ごろにAV人権倫理機構から、新成人となる18歳、19歳の撮影はやめるようにというお達しがあり、特に新法ができるとかそんな話もなかったんで…」

そう話すのは、「適正AV」を掲げて健全運営を行うAVメーカー関係者だ。

適正AVとは、AV人権倫理機構がAV業界を監視し、女優の人権を尊重した健全運営を行えるよう仕組みを整えた、AV業界の事業者の集まりを指す。

メーカー3団体、プロダクション2団体が加盟し、出演の意思決定から契約、さらには引退後に、作品の取り下げができるところまで配慮されている。女優の人生にとってAV出演がマイナスにならないよう、望んだ仕事として全うできるよう業界を挙げて努力しているのだ。

業界団体に聞き込みはされず

その適正AVを監視する役割を持つAV人権倫理機構は、先述した院内集会後、業界事情について聞き取りをされる機会が内閣府から与えられた。だが、それはこちらのツイートの通り。

《ご報告。本日行われた内閣府オンライン会議にAV人権倫理機構理事として出席し、1分間、発言の時間をいただきました。AV人権倫理機構の活動方針を伝え、被害防止への協力を惜しまないことをお伝えし、同時に、「温床を絶つ」型ではなく、被害そのものを対象とした施策をお願いしたいと伝えました》(AV人権倫理機構・志田陽子代表理事のツイッターより)

AV人権倫理機構には1分の発言時間が与えられたが、業界団体に対してはどうだったのだろうか。特定の業界を対象とする法律ができるときには、事業者と幾度かのやりとりを行うのが通例である。

業界団体に話を聞いた。

「法案が作られていく中で、業界団体に聞き取りが行われるようなことはありませんでした。こちらは法案を作る議員や関係者とコンタクトをとったことがないので、何を指しているのか不思議です」(日本プロダクション協会広報)

業界には何の聞き取り調査も行われず、実際の業務について無知な議員たちが、被害者支援団体が提出する古いデータや創作物語を基に、法案を作っていったようなのである。

被害者支援団体と深くつながる元女優たちの中には、「10年前に出演強要された」と称する者や「25年前のデビュー当時、業界は悪かった」と、ずいぶん昔の環境を伝える者などもいるという。

さらに、院内集会で配布された資料には、ひどいことに「自主規制は機能しない」と訴えて、適正AVの存在を無視するかのような動きもあったのだ。

その結果、業界の浄化を進めてきた適正AVも、闇が深い「パパ活オプションAV」「個人AV」「無修正AV」などと一緒くたにされ、法の網がかけられてしまったのである。

「被害者の救済は大切ですが、現在、適正AV業界で望んで働く多くの女優たちが、どんな働き方をしているかという点に配慮がされていないのは問題です。彼女たちの職業選択の自由や経済活動の自由を奪うという、憲法にも違反するような事態に陥ってしまっています。さらには、AV女優が救済されるべきかわいそうな存在であると強く印象付けられることで、AV女優であったことがスティグマ(偏見)となる懸念もありますよね」(前出・日本プロダクション協会広報)

痛ましい被害が増えるのでは…

この法律の矛盾点はさらにある。

「適正AVが成立してから、強要を起こさない仕組み作りが進められ、ギャラが透明化した契約書、女優の意思決定など、さまざまな面で働く環境が改善されてきたのですが、それらが一からひっくり返されてしまったんですよ」(前出・神田つばき氏)

現場の混乱は筆舌に尽くし難い。現在、適正AV業界で働くメーカー社員、プロダクションのマネジャーらは、新法に対応するための情報を集め、弁護士に法律の解釈を依頼し、契約書の作り替えや業務の見直しに奔走しているという。

「びっくりするくらい忙しいです。このままじゃ、過労死する人が出るんじゃないですかね」(プロダクション関係者)

懸念されるのは過労死だけではない。6月中旬、茨城県で23歳の女性が監禁された末、遺体となって発見される事件が発覚したが、その女性は容疑者に「個人AV」を撮影されていたことが話題となった。

AV新法が成立したものの、むしろ今後はそのような痛ましい被害が増えるのではないかと、適正AVの現場で働く女優が警鐘を鳴らす。

《撮影できずオファーが来なくなり、生活が困窮した女優さんへFC2個人制作AVの個撮の依頼が入るようになります。実際には私にもDMで頻繁に50万ほどで撮影させて頂けないかご連絡来ますが、冗談抜きで死人が出ますよ。

過去にも海外で300万の出演依頼がありました私からしたら、これは全く非現実的な話ではありませんし、遠い世界の話でも作り話でもないです。私は明確な意志を持って突っぱねましたが、健全AVを締め上げるだけで地下AVに関してそのままにする以上、こちらへ流れる子がいつ出てもおかしくありません》(現役AV女優・天川そらさんのツイッターより)

仕事がなくなって女優が苦しむだけではない。もはや命を脅かされる危険まである。メーカーもリスクを恐れて作品を作るのを控えるようになったとしたら、正規のAVを楽しみにしていたユーザーたちも、女優たちの活躍する作品を見ることができなくなる。

守るべきはずのAV女優ばかりか、多くの業界関係者、さらにはユーザーまでも苦しめるAV新法。いったい誰のためのものなのだろうか。

取材・文/中山美里
性風俗、女性問題、金融犯罪などを中心に執筆するフリーライター。未婚で1児を出産後、結婚。3児の母。愛人に走る女性をルポした『副業愛人』(徳間書店)や高齢の風俗嬢にスポットを当てた『高齢者風俗嬢』(洋泉社)など著書多数。男女の性とお金に対する欲望と向き合う人間をフィールドワークし、取材執筆を続けている。現在、日本プロダクション協会の監事も務めている。

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