NHKの朝ドラ『ちむどんどん』で、ヒロインの兄が所属するボクシングジムの会長を演じた具志堅用高。
今では「ユニークなタレント」のイメージも強いが、アメリカから本土復帰となった沖縄を代表する英雄であることは間違いない。
沖縄がアメリカから日本に返還されて今年で50年を迎えた。沖縄側からすると、日本復帰となった1972(昭和47)年に具志堅用高は高校2年生だった。
3年でインターハイに出場した具志堅は、ボクシング・モスキート級で優勝すると、その後は拓殖大学への推薦入試に合格。しかし、半ば強引に協栄ジムが横取りする形でプロを目指すことになる。
沖縄から上京した具志堅は、当時、部屋を借りることすらままならなかったという。沖縄で米軍基地反対派が暴動を起こし、そうしたニュースが連日のようにテレビで流されていたため、「沖縄県民は乱暴」というイメージがあった。さらには「本当に家賃を払ってくれるのか」と信用されなかった。つまりは現在の外国人差別に似たものが、沖縄出身者に対してもあったのだ。
具志堅も仕方なく、最初のうちは先に上京していた「ウチナーンチュ」(沖縄県民)の家を泊まり歩くなどしていたという。しばらくすると協栄ジムの後援者に、とんかつ屋の住み込みアルバイトを紹介され、バイトとボクシングの練習に明け暮れる毎日を過ごすようになった。
階級を移し世界王座挑戦へ
ちょうど漫画『あしたのジョー』が大ヒットしていた時期で、いわゆるハングリー精神が重視された時代であったのかもしれないが、それだけでなく、やはり当時の日本全体のムードとして、どこか沖縄出身者を軽く見るような感覚があったのだろう。
実際に具志堅も、沖縄なまりの言葉や習慣が受け入れられず、日々の生活に苦労する場面は多くあったようで、「当時、沖縄はまだ本土との間に、はっきりとした線が引かれていた。沖縄出身だと分かると、まわりの空気が変わったもの」と、後年になって語っている。
それでも上京から1年後、74年5月にプロデビューを果たすのだが、ここでも具志堅の前に壁が立ちはだかった。この時、プロの最軽量級はフライ級(50.802キロ以下)だったが、高校時代にモスキート級だった具志堅は45キロ以下。プロの世界でこの差は大きく、のちの世界王者も、デビュー戦では僅差の判定で勝利するのがやっとだった。
しかし、それから間もなくジュニアフライ級(48.988キロ以下)が新設され、階級をこれに移した具志堅はとんとん拍子で勝ち進み、世界王座挑戦のチャンスをつかんだ。
相手はWBA世界ジュニアフライ級王者、ドミニカ出身のファン・ホセ・グスマン。プロデビュー以来25勝1敗、うち20回のKO勝利を収めていることから、「リトル・フォアマン」の異名を取る強豪であった。
76年10月10日、なぜか山梨県で開催された世界王座戦で、具志堅は1Rから軽快なフットワークを駆使し、グスマンに連打を浴びせると2R、4Rにダウンを奪取。王者の逆転を狙った剛腕パンチを華麗にかわしながら、7Rに三度目のダウンを奪って見事にKO勝利を収めた。
「用高、ありがとう!」
9戦目での世界王座獲得は、当時の日本最短記録だった(現在の日本男子最短記録は、15年にデビュー5戦目でWBO世界ミニマム級王者決定戦に勝利した田中恒成)。
試合後、具志堅は興奮冷めやらぬ中で「ワンヤ、カンムリワシニナイン(俺はカンムリワシになりたい)」と、しまくとぅば(沖縄島嶼部で使われる言葉)でコメント。カンムリワシは、具志堅の生まれ育った石垣島を代表する猛禽類で、八重山民謡にも歌われる。以後、カンムリワシは具志堅の代名詞になった。
王座戴冠の翌日、東京に戻ると協栄ジムやバイト先のとんかつ屋では電話が鳴りやまず、直接訪れる人も後を絶たなかった。そのほとんどが沖縄出身者であり、勝利を祝福する「おめでとう」ではなく、「用高、ありがとう!」と感謝の言葉を口にした。
彼らにとって、同郷から誕生した初の世界王者が、堂々と沖縄の言葉を使ったことは、とにかくうれしく、誇らしく、勇気づけられるものだったのだ。
そして、具志堅自身もまた「120%沖縄のため、石垣島のために戦っていた」と語っている。
今も破られぬ「世界戦13回防衛」の日本記録は、決して楽な戦いばかりではなかった。15Rを戦い抜いた具志堅が、両目を腫らした姿を覚えているだろうか。
それでも戦い続けることができたのは「僕の負けは沖縄の負け」と、沖縄を背負う強い気持ちがあったからだった。
具志堅の勝利によって、確かにウチナー(沖縄)とナイチ(日本本土)との距離が、一気に縮まったように思えてならない。
《文・脇本深八》
具志堅用高
PROFILE●1955年6月26日、沖縄県出身。身長162センチ、体重52キロ。元WBA世界ジュニアフライ級(現在のライトフライ級)王者。生涯成績24戦23勝(15KO)1敗。世界王座防衛13回。
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