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『昭和猟奇事件大捜査線』第9回「スナックホステスを手にかけたのは誰だ? 便所に捨てられた白骨死体」~ノンフィクションライター・小野一光

※画像はイメージです (画像)YukoF / shutterstock

バターン、バターン。

枯れたつる草や雑草で覆われた作業小屋の便所の板戸が、強い風にあおられて開け閉めする音が響く。

昭和40年代の冬。長野県I市の山中。長芋掘りに来た小松義男さん(仮名、以下同)は、ひどい音のする方向に目をやった。

「ゆうべの強風で止め木が外れたんだろう」

このままだと板戸がちぎれてしまうのではないかと思い、そこに近づく。便所の入り口まで来たところで、彼は思わず足を止めた。

便所の中から、白骨化したドクロがこちらを睨んでいるのだ。よく見ると、和式便器を抱くような感じで、干からびたようになった人体が横たわっている。

「わーーっ!」

芋掘りの道具を放り出すと、近くに住む地主の立岩信一郎さんの家に駆けこんだ。慌てた立岩さんは警察ではなくI市役所に電話を入れ、そちら経由でI警察署に連絡が入った。

明らかに事件を予想させる通報に、届出を受けたI警察署では、刑事課長以下捜査員が現場に急行した。

到着した捜査員が見分を始めると、死体は和式便器を右手で抱くようにして、仰向けに膝を「く」の字に曲げている。

頸部は頸椎から分離して白骨となり、手足の露出部はミイラ化していた。緑色の袖の短いミニワンピースを着ているが、裾はめくれ上がり、大腿部、下腹部はあらわになっていて、パンティーなどの下着は身につけていない。死体の脇には、長さ25センチのパンプスが1足、投げ込まれたような状態で残っていた。

着衣やパンプスから見たところ、死体は若い女性で、死後数カ月が経過しているものと推定された。また、所持品等がないことなどからも、自殺ではなく他殺の容疑が濃厚であるということで、すぐに全署員を招集しての捜査態勢が取られることとなった。

まずは被害者の身元を特定するため、現場付近一帯の有線放送を活用して広報する一方で、遺留品の着衣に基づく、酷似家出人の捜査が指示される。

すると、3カ月前に行方不明届が出されていた、I市内のスナック「レパード」のホステスである栗山美智子さん(28)が、服装、靴、身長などが似通っていることが分かった。

I市内のスナックで働いていた女性

そこで捜索願を出した、美智子さんと同居する妹の栗山薫さんに連絡を取り、確認をしてもらったところ、死体を一瞥した彼女は、その場に泣き崩れたのである。

「このワンピースは、姉の行方が分からなくなった日に、姉に見立ててもらって買ったものです。家で着てみたところ、小さかったので、姉にあげたんです。パンプスも、私が少し使ったやつをあげたもの。死体は姉で間違いありません」

妹によれば、美智子さんは最初、I市内のスナック「キャッツ」で働いていたが、行方不明直前に「レパード」に移っていた。スナックの仕事にはあまり慣れておらず、派手さがなく、客あしらいが上手なタイプではなかったため、なじみの客は少なかったという。

しかし、美智子さんには家出や自殺をする理由はまったくないと妹は語る。

すぐにI署内に設置された捜査本部は、事件の筋として、以下の読みをした。

〈犯行の動機〉
○主線として強姦の目的で誘い出したが、抵抗されて殺害した
○副線として怨恨などから殺害の目的で誘い出して殺害した
○被害者は行方不明時、1000円前後の現金、化粧道具等を入れた手提げを所持しており、その手提げは発見されないが、物盗りの線は薄く、殺害後いずれかへ投棄、または焼却し、証拠隠滅を図ったものと思われる

〈犯行の計画性の有無〉
○被害者の勤務場所、帰宅時間を知っており、待ち伏せして自動車で連れ去り、強姦しようとして殺害した
○被害者となんらかの関係で面識を持つ者が、たまたま被害者と行き合って、わいせつ又は強姦の目的で甘言をもって自動車で連れ出し、目的を遂げた後、あるいは抵抗されて殺害した

〈犯行場所〉
○犯行場所は自動車を使用しているものと認められることから、自動車内、あるいはその他どこでも可能
○死体、着衣、靴に特別汚れが認められないことから、死体は自動車で運ばれたと推定される

ホステスからの耳打ち情報が…

〈犯人像〉
○被害者と面識がある
○自動車の運転ができる者で、自動車を所有し、あるいは容易に自動車を借りることができる者
○性的変質者

以上のような推定に基づき、次の重点捜査事項が決められた。

○現場付近の検証と検索
○被害者、家族関係捜査
○被害者の勤務先捜査
○被害者の勤務先出入り客の捜査
○動機を持つ者の捜査
○飲食店、旅館関係の捜査
○交通機関の捜査
○ぞう品捜査

そうしたなか、美智子さんと親しい関係にある24歳のバーテンダーの男が、捜査線上に浮かんだ。

「彼女とは春に知り合い、夫とは別れているが籍は抜けていないことや、子供が1人いることが分かった。ダンナと別れているなら男が欲しくなるだろうと思い、彼女の肉体を求めたら簡単に許してくれたんです。それからは毎晩のように、彼女を『キャッツ』の近くまで迎えに行き、旅館や車内で関係を結びました」

その後、美智子さんから結婚を迫られるも、彼女が子持ちで正式な離婚もしていないため、真剣に考えず、単なる遊び相手として考えていたという。

「(行方不明となった)あの日は、彼女が待ち合わせ場所に来ていなかったので、5分くらいぶらついて車に戻ると、自分の車の後ろに止まっていた銀色メタリックの××(車名)が、いきなりライトもつけずに走り出した。ロックしていた助手席側の窓ガラスが無理に下げられていて、1000円くらい盗まれていました」

この男への容疑は消えないが、証言にはそれなりの信ぴょう性があった。というのも、ここ最近、同一手口による被害が、近くで4件発生していたのだ。

そんな折、「キャッツ」の関連店に通っていた捜査員が、ある情報をホステスに耳打ちされた。

「うちへちょいちょい飲みに来る客で『沢田』っていう人がいるんだけど、4、5日前に来たときに事件の話が出て、『△△のあんなところへ捨てれば、なかなか見つからないよなあ。俺はあの晩1時頃までヤマト寿司にいたから、アリバイがあるでいいわ』と言っていたんだけど…」

念のため捜査員が「沢田」の名字から突き止めた沢田信二の身辺を洗ったところ、彼は23歳の建設作業員で、バーテンダーが目撃したのと同じ、銀色のメタリックの××を乗り回していることが分かった。さらに「キャッツ」の常連で、美智子さんのことをよく知っているということも…。

「今から、今から言います」

沢田のアリバイをヤマト寿司で確認したところ、従業員はその日は来店していないと話すが、ただ一人、板前の黒崎昭(20)だけは「奥の部屋で飲食し、午前1時頃に帰った」と話す。

とはいえ、沢田の兄が寿司職人で、黒崎の兄弟子に当たることから、沢田がアリバイ工作を依頼した可能性も疑われた。

そんななか、沢田が前年に「キャッツ」の系列店で、従業員の給料を窃取したことが分かり、さらに、彼が無許可で日本刀を所有していることが判明する。そこで捜査本部は、窃盗と銃刀法違反の容疑で、沢田を逮捕することにしたのである。

逮捕時、沢田の顔色はいくらか青ざめていたが、捜査本部で出された朝食を全部食べるなど、動揺した様子は見られない。

沢田の自宅などを家宅捜索した結果、日本刀の他に盗品と思しき商品や他人名義の約束手形などが出てきた。また、美智子さん事件を報じた新聞がいくつも発見され、本件に深い関心を抱いていたことが窺われた。

自宅からの押収品について追及された沢田は、I市内での20件に及ぶ窃盗を自供したが、美智子さん事件への関与についてはのらりくらりとかわし、深く追及されると黙秘を繰り返す。そんな彼の態度に変化が現れたのは6日目のこと。

「今から、今から言います。全部話します。煙草を1本吸わせてください」

もらった煙草を手に、目を瞑って煙を深く吐き出した沢田は語り始める。

「車上荒らしをした帰り道、彼女を見かけたんです。どこへ行くのかと声をかけたら、家へ帰ると言うので、送ってやると誘ったら、すんなり乗ってきて…」

人気のない道にさしかかり「やらせろ」と迫ったところ、強く拒まれたと話す。

「最初は脅しのつもりで首を強く締めたら、それでも抵抗をやめない。すっかり頭にきて、こんな女どうなっても構うもんかと、強く首を絞めたら、ぐったりして、動かなくなって…」

焦った沢田は車で山間部に向かい、ひと気のない小屋の便所に死体と靴を投げ込んでから、助手席に彼女の手提げがあるのに気づいたという。そして現金だけを抜き取り、手提げは公園近くの谷川に投げ捨てたと告白する。

翌日から捜査員は沢田が供述した付近を捜索。その結果、奇跡的に雪の中から美智子さんの手提げを発見し、本件唯一の物証として、犯行を裏付けたのだった。

小野一光(おの・いっこう)福岡県北九州市出身。雑誌編集者、雑誌記者を経てフリーに。『灼熱のイラク戦場日記』『殺人犯との対話』『震災風俗嬢』『新版 家族喰い――尼崎連続変死事件の真相』など、著者多数。

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