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『昭和猟奇事件大捜査線』第5回「幸せの絶頂で手紙を残して失踪…結婚直前の消えた花嫁」~ノンフィクションライター・小野一光

(画像)Blanscape / shutterstock

初夏の日差しが強い昭和40年代のある日、高知県T市の山間部にある栗畑で、鎌野英雄さん(仮名、以下同)と裕美さん夫婦は、背丈ほどに伸びた雑草を刈る作業をやっていた。

「どれ、今日はこれでしまいにしようか」

夫婦が作業を終えたのは午後5時半頃のこと。

山道に出るため、ヒノキ林を横切って歩いていると、英雄さんがふと気付いた。

「おや? 妙に草が倒れちょるぞ」

普段、人が立ち入らない場所にもかかわらず、雑草が2メートル四方にわたって踏み荒らされ、若木の枝が折れている区画があるのだ。

「ありゃ、これはどうしたことぞ。こんな所に苗木を植えちょるが」

その少し先に、高さ1メートルほどのヒノキの苗木が1本、ぽつんと植えてある。その下の土は不自然に盛り上がっており、この周辺を把握している英雄さんはその苗木を見て、誰かが死んだ飼い犬でも埋めに来たのではないかと勘ぐった。

「それにしても、こんな山の中にまで持ってくるやら、なんで…」

英雄さんは鍬でその苗木の下の土を掘り起こす。すると、ものの20~30センチ掘ったところで、中から赤っぽい色の衣類のようなものの端が出てきた。そこで、鍬で衣類ごと引き寄せる。

「わっ、これがたまるか。人じゃあ!」

顔を近づけた英雄さんは、驚きの声を上げた。衣類の下から、すでに目や唇あたりが崩れ落ちた、人間の顔が現れたのである。

夫婦は慌てて山を駆け下り、地元のT署に届け出ると、直ちに捜査員が駆け付け、現場保存が行われた。

「まるで納棺の死体のようじゃのう」

死体は深さ45センチくらいに掘った穴の中に、頭を北にして仰向けに埋められており、胸の上で両手を合わせていた。顔には赤いカーディガンが、腹の上には水色のシュミーズがかけられており、それを取り去ると、既に腐敗が始まった全裸の女性であることが分かった。

遺留品はなかったが、死体の身元はすぐに判明する。着衣の特徴から、3週間ほど前に家出人保護願いが出ている、T市在住の料理店手伝い、星野久美さんである可能性が考えられたことから、彼女の父親と、かかりつけの歯科医に見てもらったところ、本人に間違いないことが確認されたのだ。

犯人は被害者と面識のある者…

22歳の久美さんは、失踪する2週間前からT町の料理店で働くようになり、通勤する生活を送っていた。

失踪した日も、彼女はいつものように仕事を終え、午後7時頃に帰宅。その後、「友だちとK山のテレビ塔で会う約束をしてるから行ってくる」と、着替えずに出かけ、行方が分からなくなっていたのである。

久美さんの死体はすぐに解剖にまわされた。その結果、「頸部に索溝ようの痕跡が認められ、絞頚による窒息死と推定される」との所見が出された。

すぐに設置された捜査本部では、この事件について以下の項目が挙げられる。

〇被害者は若い女性である
〇死体の死後経過状況から、犯行は概ね家出当初頃と認められる
〇死体遺棄現場は人里離れた山中で、行きずりの者の犯行とは考えられない
〇死体が埋められ、その処理が入念に行われている

これらのことから、「どうみても犯人は被害者と面識のある者としか考えられない」との推論が導き出された。そのうえで、被害者の交友関係を中心に、捜査を進めることが決まった。

そこで注目されたのが、久美さんが失踪した際に、届けを出した彼女の兄が話していた内容である。

「久美は昨年の暮れ頃から、T町で自動車の運転手をしている山田作治という28歳の男と付き合っていて、2人の仲は双方の家族も認め合って、近く結婚式を挙げることになっています。久美はこの結婚を楽しみにして、式を待っていました」

そこで久美さんと今年秋に結婚する予定だったという山田について、身辺を洗う内偵捜査が始められた。

すると、久美さんが山田との結婚に積極的だったことは間違いないが、一方の山田は、工場で働く滝口絵里子さんという25歳の女性と親しくなっており、久美さんが失踪した1カ月後に、彼女と同棲していることが判明する。

もう1つ、不可解なことが起きていた。捜査員が久美さんの親族宅を回っていたところ、「山田さんからこんな手紙を受け取ったのですが、世間体もあって…」と、その親族が手紙を取り出したのだ。

それは、久美さんがその親族宛に出した手紙だった。

《×月ごろに約束していた人が帰ってきた。その人とよそへ行くので心配しないでほしい。山田さんとの話は断ってほしい》

この親族は、久美さんと山田の結婚をまとめていた世話人で、久美さんが失踪して間もなく、山田が、「職場で、車に乗ってきた若い2人連れの男からこれを預かった」と言って、手紙を持ってきたのだという。

失踪当日夜の目撃証言

筆跡鑑定の結果は久美さんの自筆であったが、捜査本部での検討の結果、これは犯人による偽装ではないかとの疑いが生じていた。

こうした捜査の動きと並行して、久美さんの行動を追っていた捜査班は、失踪した当日夜、彼女が男の運転する軽トラックに同乗していたとの目撃証言を得る。しかも、そのトラックの荷台には、若い男が1人乗っていたという。

新たに軽トラックについての捜査が開始されるなか、自動車修理工場を回っていた捜査員が、久美さんが失踪した夜に、修理に持ち込まれた軽トラックがあるとの話を聞いてきた。

台帳に残された男の名前は、小山隆。この小山という男ともう1人、仕事仲間の若い男が一緒だったと、修理工場の経営者は話す。

小山は、助手として山田と仕事でペアを組んでいる男だった。刑事が一緒にいた男の人相を尋ねると、山田に極めて似ている。また、持ち込まれた軽トラックの特徴は、久美さんの目撃証言にあった軽トラックの特徴と共通していた。

その後の捜査で、この軽トラックが、山田が久美さんの失踪2日前に購入したものであることの裏付けが取れたことなどから、捜査本部は山田に対する殺人・死体遺棄容疑での逮捕状を取ったのだった。

取調室で山田は、貝のように口を閉じて黙秘した。しかし、取調官はそれまでに集めた証拠を次々と突き付け、彼を心理的に追い詰めていく。やがて観念した山田は、うなだれた姿勢のまま、犯行の状況を自供し始めたのである。

付き合ってしばらくして久美さんに魅力を感じなくなった山田は、新たに絵里子さんと知り合い、深い関係となっていた。

山田は久美さんに別れを切り出したが、結婚式も迫っており、彼女は承知しない。山田は久美さんのことを絵里子さんに知られてしまうことを恐れ、「なんとかしないと」と、彼女の殺害を考えるようになった。

久美さんを殺せば、当然ながら自分に疑いの目が向けられると考えた山田は、手をかける前に、久美さんに駆け落ちを装った手紙を書かせることを思い立つ。その際に、共犯として自分の言うことに忠実な小山を使うことにしたのだ。

「俺の言う通りに手紙を書いてもらいたい」

当日、山田はデートを装って、久美さんを呼び出す。彼女の家の近くには、約束通り山田が軽トラックで迎えに来たが、そこには小山も一緒にいる。邪魔者の存在に、不機嫌な表情を浮かべた久美さんだったが、山田に促されるまま助手席に座り、小山は荷台に乗った。

車が走り始めると、山田は彼女に切り出す。

「俺は久美と必ず結婚する。だが、今はどうしても結婚できない理由がある。結婚を延ばしていると、準備を進めている親や親戚が変な目で見るだろう。だから、久美には一時、この町を離れてもらいたい。仕事や家は準備してあるし、近いうちに必ず迎えに行く。その前に、おやじさんたちを心配させないために、俺の言う通りに駆け落ちの手紙を書いてもらいたいんだ」

山頂に着くと、久美さんは山田が言う通りに手紙を書いた。その後、小山を残して、山田は彼女を連れて山頂近くの草むらに行き、服を脱がせて抱き寄せる。そして、全裸にした久美さんと性交を終えた山田は、暗闇に向かって声を上げた。

「小山、やれや!」

それは小山に手伝いをさせるため、山田が用意した餌であった。

突然、小山が現れて久美さんを押し倒すと、その上にのしかかる。

「嫌っ!」

だが、頑強な小山の力に抗うことはできない。彼女を組み伏せたまま、小山は欲望を爆ぜた。

小山が久美さんから離れた直後、山田が隠し持っていた電気コードを彼女の首に巻く。それを山田と小山の2人で、絶命するまで引っ張ったのである。

事切れた久美さんを、小山がスコップで掘った穴に埋めた。そしてスコップを近くの藪の中に捨てると、車で下山したというのが、山田が供述した犯行の全貌だった。

「死体が見つからない限り、頑張り通す覚悟でした。絵里子に会って今の気持ちを聞きたい…」

山田の口からはついぞ、久美さんに向けた懺悔の言葉が出ることはなかった。

小野一光(おの・いっこう)福岡県北九州市出身。雑誌編集者、雑誌記者を経てフリーに。『灼熱のイラク戦場日記』『殺人犯との対話』『震災風俗嬢』『新版 家族喰い――尼崎連続変死事件の真相』など、著者多数。

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