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ロシアVSウクライナ 緊迫の首相官邸1カ月…岸田首相“核抑止”決断の時

岸田文雄 
岸田文雄 (C)週刊実話Web

ロシアのウクライナ侵攻から1カ月余り、岸田文雄首相は「対ロ戦争」を戦い抜く姿勢を鮮明にした。

停戦交渉の決着を見据え、G7主導で「戦後処理」に向けた動きも始まった。未曽有の事態に首相はどう日本の舵取りをしていくのか、真価がまさに問われている――。

「ウダロイⅠ級駆逐艦、ステレグシチーⅡ級フリゲート艦、潜水艦救難艦など10隻。津軽海峡に向かっています」

3月10日午後、防衛省から首相官邸に、北海道南西部を航行するロシア太平洋艦隊の情報が上がった。

ウクライナ侵攻と呼応した日本を威圧しているかのように見える動きだったが、ここ数日の海上自衛隊の哨戒機「P3C」と、夜間や悪天候でも監視が可能な合成開口レーダーを備えた情報収集衛星に基づく分析は違った。

「主力部隊はウクライナ戦線に移動し、クリル諸島は空いています。ロシアの目的は自衛隊による北方領土への接近阻止です」

防衛省は、ロシア艦隊の動きは「訓練」と発表していたが、実際は臨戦態勢下での軍事行動であり、自衛隊の出方次第では一触即発の事態も起こり得る状況となっていたのだ。

岸田首相も動いた。同日夜、関係悪化が指摘されていた公明党の山口那津男代表を官邸に招いて会談。「展開次第では日本も戦後最大の危機に陥る。両党ではいかなる隙間も許されない」と、与党間の連携を緊密にする考えを伝えた。

そのまま国家安全保障会議(NSC)も招集し、岸田政権として「国難に当たる決意」(政府関係者)を防衛、外務、財務各相など主要閣僚間で確認した。

戦後最大の危機に陥るかもしれない岸田政権にとって、「ウクライナ有事」は1月21日深夜のバイデン米大統領との電話会談で始まった。

ウクライナとの国境付近に展開する15万以上ものロシア軍が、2月中旬にもウクライナに侵攻する可能性が高いと伝えられ、有事の際にはロシアに対する強力な制裁の実施で足並みをそろえるよう強く要請されたのだ。

背景説明での米側の情報は詳細だった。ロシアは情報機関を通じて、ムラエフ元ウクライナ議会議員やアザロフ元首相ら、親ロシア派の有力者を計画に関与させ、首都キエフを制圧した後、ムラエフ氏を大統領とするかいらい政権を立てようとしている。侵攻はウクライナの土壌が完全凍結し、戦車が通れるようになる2月中旬以降になる――。

ロシア資産凍結で米を喜ばせたものの…

「機密情報」に触れた岸田首相は興奮が冷めやらなかったのだろう。会談後、記者団にウクライナ情勢を巡るやり取りを問われ「ロシアによる侵攻を阻止し、いかなる攻撃に対しても同盟国として強い行動を取ることを確認しました」と踏み込んだ。

官邸詰めの記者には、首相が「侵攻」「攻撃」という強い言葉を使ったことの危機感は伝わらず、翌日、ウクライナ情勢を前面に出した報道は皆無だった。

だが、この時点から官邸ではウクライナ侵攻という「Xデー」に向け、政府の対応について、多岐にわたって具体的な検討に入っていったのだ。

侵攻後、対ロ経済制裁やウクライナ支援、難民受け入れなど、日本政府が矢継ぎ早に対応策を打ち出したのは検討の成果だった。防衛装備移転三原則の運用指針を改定しての、自衛隊による防弾チョッキの提供は「外交政策の大転換」(政府関係者)となった。

中でも米国を喜ばせたのは、3月1日に打ち出した、日本銀行によるロシア資産の凍結だった。先進7カ国(G7)の中央銀行が足並みをそろえた効果は大きく、ロシアの通貨ルーブルは暴落。ロシアは一気に債務不履行(デフォルト)の危機に陥ったのだ。

ロシアは、ドル換算で6000億ドルもの外貨保有高を誇っていたが、そのうちの5%は円で保有しており、多くを日銀に預託していた。G7により凍結されたロシアの外貨は、保有高の5割にも達した。

2014年のクリミア併合を受けた安倍政権の対応が、ロシアに融和的でG7の結束を乱しただけに、岸田政権の対応への評価は高かった。米メディアは「日本の積極的な行動は異例の措置だ」(ワシントンポスト紙)と、驚きをもって報じている。

もちろん岸田政権として、今回の事態に万全の対応で臨めたわけではない。山積する懸案を前に議論は滞った。第一は北方領土交渉への影響だった。

日本は安倍政権以降、北方四島での共同経済活動を通じて返還実現に導こうと交渉を重ねてきた。本格的な対ロ制裁に踏み切れば、これが頓挫するのは必至だった。

岸田首相が即座に会ったのは、プーチン大統領との関係を強化し、対ロ交渉を進めてきた安倍晋三元首相だった。2月9日夕、首相は官邸に招いた安倍氏を執務フロアのエレベーター前でわざわざ出迎え、応接室に案内した。ソファに座った首相が口を開いた。

「ウクライナに侵攻すればロシアに厳しい制裁を科すことになります。プーチンとの戦いが続く限り、領土交渉が行われることはないでしょう」

反論を覚悟していたが、すでに米国筋から情報を得ていた安倍氏は「侵攻を断じて許すわけにはいかない。日米同盟が最優先だ」として、首相の方針に同意した。

このままでは「第三次世界大戦」に…

安倍氏に近い自民党関係者が話す。

「安倍氏も断腸の思いだったろう。だが、それほど事態は切迫していた。ウクライナで起こることは東アジアでも起こり得る。台湾有事の可能性を考えた場合、米国に緊密に協力する以外の選択肢はなかった」

力による現状変更を押し進めようとする中国の存在が、安倍氏の背中を押した。

領土交渉の打ち切りへ覚悟を決めたとはいえ、まだ大きな懸念は残っていた。日本経済への影響だ。エネルギー価格が高騰し、食料品などが値上がりすれば、国民生活を直撃する。新型コロナウイルス禍で疲弊した経済が、耐えられるとは思えなかった。

連日、財務省や経済産業省の幹部が官邸に集まったが、議論は煮詰まらなかった。空気が一変したのは2月18日だ。バイデン氏が演説で、「ロシアが侵攻する確固たる情報がある。キエフへの全面攻撃も検討している」と言い切ったのだ。

米側に背景説明を求めた日本側は驚いた。

「プーチンはすでに軍事作戦の命令を出した。全軍が国境を越え、数日以内にキエフを制圧する」

ロシアとの戦いは長期に及ぶ可能性がある。日本は自由主義陣営の一員として、ロシアと戦う覚悟を決めるしかない――。

首相は23日、公邸に松野博一官房長官と3人の官房副長官、秋葉剛男国家安全保障局長ら政権中枢の幹部全員を招集。ロシアが越境すれば「侵略」とみなし、G7メンバーとして対ロ戦に「参戦」する方針を決定した。

「戦時」の経済を「財政と金融の総動員」(政府関係者)で全面的に支え、22年度予算成立後、直ちに10兆円規模の経済対策を策定する方針も固まった。

日本が「戦時下」に入って1カ月余り。緒戦でロシア軍は電光石火のごとく進撃したが、ウクライナ軍の反撃は激しく、戦況は全線で膠着状態となった。

日本政府関係者によると、米国の偵察衛星などによる分析で、これまでにロシア軍の戦車、装甲車の被害は少なくとも計500両以上。10機以上の戦闘機が撃墜され、最大で1万5000人の兵士が死亡、2万~2万5000人が負傷したという。

「米欧が提供した最新鋭の携行型ミサイル兵器が、絶大な戦果を生んでいる。このままいけば、プーチンの形勢は不利になる」

政府関係者は話すが「この先にこそ難題が待ち受けている」という。どういうことか。

「戦況の悪化を受け、病院や学校など民間施設への無差別攻撃が苛烈さを増している。プーチンが生物・化学兵器や戦術核の使用に踏み切ればNATOの参戦を招き、本当に『第三次世界大戦』へと発展しかねない」

この危機を乗り越えたとしても「その先の途方もない戦後処理と、壊れた国際秩序の再構築をどうするのか。早急にビジョンを国際社会に示さなければならない」のだ。

日本が先陣を切って“核抑止”を!

こうした議論を含めた全体像を話し合うため、G7は3月24日、ベルギーのブリュッセルでバイデン氏や岸田首相も出席しての緊急首脳会議を開いた。

議題は、対ロシア制裁の強化や大量破壊兵器の使用阻止、ウクライナ支援の強化から戦後の国際秩序の在り方にまで及び、G7として結束して取り組むことになった。

発表はしていないが、ここで日本が求められたのは抑止力の強化で、バイデン氏との立ち話会談で期待を示されたという。同行筋は、ロシアの核使用を防ぐ文脈から「核共有の議論推進を求めたと受け止めた」ようだ。

実は米国は早い段階で、東京電力福島第一原発事故で知見のある日本に、ウクライナで戦術核が使用された場合に備えて支援態勢を整えるよう要請していた。

安保分野に精通する自民党関係者によると「被爆者の治療や汚染物質の除去のため、100人規模の態勢を整えるめどを付けた」という。

だが「ロシアが本当に核を使えば、いくら支援態勢を整えたとしても、途端に日本も核攻撃に怯え、萎縮せざるを得なくなる」のが実態である。

だからこそ「日本を含むG7が戦後世界を主導していくためには、核抑止力を強化する核共有の議論は避けて通れない」というわけだ。

核共有の議論は、ロシアの侵攻直後に安倍氏が口火を切った。米国の核ミサイルを日本に配備し、発射ボタンを共に持つべきなのではないかという問題提起だ。

野党を中心に反発を招き、首相も当初は「政府として議論しない」と否定していたが、安倍氏らの働き掛けを受けて、自民党内での議論は容認する方向に傾いている。

だが、核共有は事実上の核武装であり、「非核三原則」の見直しを伴う戦後日本の外交・安保政策の大転換となる。さらに、東アジア地域に核軍拡をもたらす可能性もある。

落としどころは「有事の際に核搭載の米原潜の日本入港を認める」(自民党関係者)ことだという。そうだとしても、中国の核武装強化や北朝鮮の核開発を非難してきた従来の姿勢と大きく矛盾することから、国内外から強い批判を呼ぶのは必至だ。

先の自民党関係者が指摘する。

「国連安全保障理事会の常任理事国が今回、公然と核を脅しに使ったことで、安保理は機能不全に陥り、核不拡散条約(NPT)体制も揺らいだ。ロシアを排除した今後の世界で、ロシアの核をいかに封じ込めていくのか、世界中から安保体制の見直しを迫られている。首相も方向性を出さないと指導者として終わる」

首相は4月下旬にもバイデン氏を国賓として迎え、来年にはG7サミットの議長国として、各国首脳を日本に招く。

だが、その前の今夏には、参院選で国民の審判を受ける。安倍氏も、岸田政権での議論の行方と世論の動向を虎視眈々と見極めていくだろう。

岸田首相は政権発足以来、最大の難路に差し掛かった。

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