『とんび』
原作/重松清 監督/瀬々敬久
出演/阿部寛、北村匠海、杏、安田顕、大島優子、濱田岳、宇梶剛士、尾美としのり、吉岡睦雄、宇野祥平、木竜麻生、井之脇海、田辺桃子、田中哲司、豊原功補、嶋田久作、村上淳、麿赤兒、麻生久美子、薬師丸ひろ子
配給/KADOKAWA イオンエンターテイメント
不朽の名作と名高い重松清の『とんび』が初の映画化。自分はこれまで小説もドラマも見ていなかったので、初見で楽しみました。
無骨な父ヤス、亡くなった優しい母美佐子、3歳で残された1人息子アキラ、父子を見守る近所の人々。自分に正直に生きている人ばかりで、悪人が出てきません。ただ1人の悪人は、幼稚園でアキラの家族写真を破った園児くらいなもの。
本当にこんな時代があったのか、いや、日本のどこかにはまだ残っているのか。人との関係がすっかり希薄になった今、理想の世界を垣間見た心地よさに浸れます。ベタと言えばベタですが、表層的な物語にとどまらず、実に多大なものを投げかけてくる映画でした。
何と言っても一番響いたのは、ヤスという1人の父親の不器用すぎる生き方です。子供が生まれる直前から子供が成長して嫁を連れてくるまでが描かれるわけですが、どうしても自分の父親のことを思い浮かべてしまいます。
自身と重なる昭和父子の濃密な関係
自分は亡き親父の人生をどれだけ知っているのか。別に仲違いしていたわけではないですが、面と向かって半生を尋ねたり、酒を酌み交わしたことすらありません。自分が物心ついてからの、家庭にいる時の父親しか知らない。普通の公務員だったのですが、若い頃、自衛隊にいたこともあると聞いています。上京した理由や転職した経緯など、全く知らないことが悔やまれてなりません。ましてや、長男である自分が生まれてきた時の心境も聞いたことがない。唯一、母親がかつて話していたことには、刑事が尋問するみたいに「何時何分、何グラムでしたか」などと産院の方に尋ねたらしい。もっと詳しく聞いてみたかったなと悔やんだ時には遅いわけです。
本作には昭和の父子の濃密な関係が描かれているので、皆さんもご自身の父親との関係をオーバーラップさせて、羨ましく思って見るのもよしと思いますね。
見どころは現在の岡山県の商店街に入念に再現された、昭和30~40年代の活気ある街並みでしょう。オート三輪など昭和の自動車にもこだわっています。車マニアの自分が見逃さないのが、マツダのポーターバンや三菱のギャラン。実に渋い。美術小道具さんの気合いが伝わってくるようです。
キャストの阿部寛、安田顕、濱田岳は〝いつ休んでいるんだ!?〟と思うほど脂の乗り切った役者たち。薬師丸ひろ子は割烹着姿の可愛いおばちゃんを演じさせたら日本一ですし。
コロナの上に戦争で殺伐とした気分の今、巧みな出演陣と郷愁誘う昭和の映像に癒やされる作品です。
やくみつる
漫画家。新聞・雑誌に数多くの連載を持つ他、TV等のコメンテーターとしてもマルチに活躍。
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