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高齢者の命を軽視する緊縮財政政策~森永卓郎『経済“千夜一夜”物語』

森永卓郎
森永卓郎 (C)週刊実話Web

オミクロン株の特徴が明らかになってきた。1つは、極めて強い感染力だ。

理化学研究所と神戸大の研究チームがスーパーコンピューターを使ってシミュレーションをしたところ、お互い不織布マスクをして15分間の会話をした場合、50センチの距離だと14%、25センチの距離だと30%の確率で感染することが分かった。

この結果は、ほとんどの国民がマスクを着用しているにもかかわらず、感染爆発が起きている現状と一致している。

2つめは、ブースター接種の感染予防効果が小さいことだ。ほとんどの感染症の専門家は、ブースター接種に重症化を予防する効果はあっても、感染防止にはつながらないと話している。2回目のワクチン接種から経過時間が短い現役世代に、ブレイクスルー感染が相次いだ事実からも、そのことは明らかだろう。

マスクやワクチンが感染抑え込みに役立たない中で、世界では経済社会の正常化に舵を切る国が増加している。イングランドは1月27日から、屋内でのマスク着用や大規模イベントにおけるワクチン接種証明の提示など、ほとんどの規制を撤廃した。デンマークも2月1日から、すべての規制を撤廃している。

経済面だけを見れば、こうした方法は正しい。ただ、問題は人命への影響だ。

2月2日の「厚生労働省アドバイザリーボード」に示された資料によると、感染第6波の致死率は、60歳未満は0%だが、60歳以上は0.96%だった。いま日本の60歳以上人口は4361万人だから、全員が感染すると約42万人の人命が失われることになる。

つまり、オミクロン株自体では、ほとんど死なない。死ぬのは基礎疾患を抱えていたり、体力が弱っていたりする高齢者だ。

政府支出抑制のため高齢者を犠牲に!?

経済的には、高齢者が亡くなっても生産力への影響は小さい――。実のところ、政府はこのシナリオを選択したのではないか。例えば東京都は2月3日に、緊急事態宣言の要請を行う基準を病床使用率50%以上というものから、重症病床の使用率と欠勤者数に切り替えた。要請のタイミングを大幅に遅らせる変更で、その背景には宣言を出したくない政府の意向があるのは確実だ。

感染第5波の死亡者数のピークは、昨年9月8日の89人だったが、2月10日の死亡者数は164人とそれを大きく上回っている。ブースター接種についても、高齢者や基礎疾患のある人への接種がほとんど進んでいない段階で、64歳以下への接種を前倒ししている。

もちろん、参議院選挙があるから、政府は口が裂けても「高齢者が死ぬのはやむを得ない」とは言わない。だが、やっていることは、そういうことだ。

なぜ、政府は高齢者の命を軽視するのか。私は、その背後に緊縮財政があると考えている。

もし緊急事態宣言を発出すれば、飲食業などの事業者により大きな協力金や給付金を支払わなければならなくなる。国民への給付金も、今年度は18歳以下の子供と住民税非課税世帯への10万円給付に限ったが、より強い行動制限に踏み切れば、一般国民への給付を求める声が噴出するだろう。

また、多くの高齢者が命を落としたとしても、社会福祉や年金給付費用が減少することで、財政はむしろ改善する。しかし、財政健全化のために高齢者の命を軽視するという政策が正しいとは、私にはとても思えないのだ。

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