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『嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか』著者:鈴木忠平〜話題の1冊☆著者インタビュー

『嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか』著者:鈴木忠平/文藝春秋

『嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか』文藝春秋/2090円

鈴木忠平(すずき・ただひら)
1977年、千葉県生まれ。愛知県立熱田高校から名古屋外国語大学を卒業後、日刊スポーツ新聞社でプロ野球担当記者を16年間経験した。Number編集部を経て現在はフリーで活動している。

――鈴木さんは中日の番記者として8年間担当していたそうですね。初めて落合監督に会ったときに「恥かくぞ」と言われたとか。

鈴木 私はデスクに命じられて、「落合さんが中日の新しい監督になると聞いたので、それを新聞に書きます」と伝えに行きました。すると落合さんは「○○に言っとけ。恥かくぞってな」とデスクの名前を言い当てながら、そう言ったのです。まだ世間に出ていないことなので、情報が事実であれば本人も少しは顔色を変えるのではないかと思っていたのですが、落合さんの表情からは何も読み取れませんでした。だから私は、この人は監督にならないんだと思いました。ところが、その4日後に監督就任会見が開かれました。平然と事実と逆のことを言った落合さんに、底知れない不気味さを感じた覚えがあります。

――本書は12人の球団関係者の目を通して落合監督像を浮かび上がらせていますね。

鈴木 落合さんの人物像は、接する人の立場や状況によって、まるで異なります。そういう人物を描くときに、1つの視点では描き切れないと感じたので、年齢や立場、落合さんとの関係性が異なる視点の人物を12人立てました。

孤独の先に何があるのかを知っている

――落合監督と言えば忘れられないのが、14年前の日本シリーズ、山井大介投手の〝消えた完全試合〟です。鈴木さんはどのように感じましたか?

鈴木 振り返ってみると、最終回を迎える直前、私の胸の中にも「もしかしたら、ストッパーの岩瀬(仁紀)に代えるかもしれない」という気持ちがどこかにありました。番記者や、チームの中にもそういう人が何人かいたので、落合さんの野球を見てきた人間には「あの人ならやりかねない」という潜在的な予感があったのかもしれません。

でも一方で、そんなことができるはずがないという思いが先に立っていました。それをやれば批判や孤立が待っているのは分かりきっていましたから。それでも落合さんは、あの決断をした。その時はっきりと、同じ時代を生きていても、自分や他の人たちとは隔絶したところにいる人間なのだと感じました。

――鈴木さんにとって、落合監督とは?

鈴木 8年間の中で聞いた落合さんの言葉で、最も印象にあるのが「お前、1人か?」という問いです。落合さんは1人で取材に行かなければ質問に答えてくれませんでした。生来の孤独のためか、他者にも独りになることを求めた。孤独の先に何があるのかを、よく知っている人だったように思います。

(聞き手/程原ケン)

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