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『誰でも速読ができるようになる本』(平成出版:ルサンチマン浅川)~本好きのリビドー/悦楽の1冊

『誰でも速読ができるようになる本』(平成出版:ルサンチマン浅川)
『誰でも速読ができるようになる本』(平成出版:ルサンチマン浅川) (C)週刊実話Web

一般の読者にとって「速読」と聞けば、あくまで〝手段〟の一つだろう。ビジネスマンや公務員なら大量の資料整理や書類の情報を早急に咀嚼する、あるいは受験生の場合はとにかく時間内に一刻も早く問題の内容を把握するためのそれ、といったように。

暮らしの上で必須の技術ではないが、身につくものなら損にはならない…くらいの話のはず。「英会話、やっぱできたらいいよね(続かないけど)」にほぼ近い。ところが、本書は違う。なにしろ鼻息荒く「本を速く読むことが、人生のすべてだ!」と絶叫しているのだから。つまり、手段でなく完全に速読自体が〝目的〟なのだ。

異様な熱量で速読そのものの魅惑を説く、というよりほとんど折伏せんばかりの調子な著者は、写真で見る限り、つげ義春往年の名作マンガ『ねじ式』に登場するメメクラゲに片腕を嚙まれてしまった主人公がたまたま眼鏡をかけた印象。本業は「売れていない芸歴16年の芸人」と低姿勢だが、かつて組んだ漫才コンビ「ルサンチマン」で結成2年にしてM-1グランプリの準決勝に駒を進めた実績はなかなか侮れない。

実用書の皮を被った“芸人の書”

その芸歴より長いのが25年の速読訓練歴、と意気込むだけに、日本における速読の歴史の概観や、随所に挟まれるコラムも面白い(『「三日で修得できる速読法」殺人事件』なんて作品、よほどの推理小説ファンの間でも知られていないのでは?)。

巻末には昭和30年代から現在までに執筆された速読に関する著作を300冊紹介。しかも著者のコレクションとか。それだけ目を通す暇があればもっと他に多彩な分野の本に手を出したほうが…と忠告面はこの際野暮。実用書の皮を被ったタレント本として天然に〝芸人の書〟となり得ている。

(黒椿椿十郎/文芸評論家)