『怪物に出会った日井上尚弥と闘うということ』講談社/2090円
森合正範(もりあい・まさのり)
1972年、神奈川県横浜市生まれ。東京新聞運動部記者。大学時代に東京・後楽園ホールでアルバイトをし、ボクシングをはじめとした格闘技を間近で見る。卒業後、スポーツ新聞社を経て、2000年に中日新聞社入社。
――本書では井上尚弥に敗れたボクサー10人に取材しています。なぜ敗者を対象にしようと思ったのですか?
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森合 井上選手の強さを書き切れていないもどかしさが、ずっとありました。試合後は、「すごいモノを見た」という興奮と「また伝えられなかった」という悔しさがない交ぜになった複雑な心境で会場を後にしていました。そんな悩みを編集者に打ち明けたとき「闘った相手に話を聞いてみたらどうですか」と提案されたんです。
――負けた試合のことを聞くのは、かなり気が引けたと思います。相手の反応はどうでしたか?
森合 ボクシングの1敗は重く、敗者に話を聞くのは失礼ではないかという思いがありました。最も不安だったのが、井上選手のプロ8戦目の相手、元世界2階級王者のオマール・ナルバエスです。彼はアルゼンチンの英雄で唯一のKO負けが井上選手との試合でした。ですが、アルゼンチンのジムを訪れると笑顔で迎えてくれ、身振り手振りを交えて自分がKO負けしたシーンを再現してくれました。リング上で体感した井上選手の強さが世の中に正しく伝わっていない、と思っていたようです。「メディアは井上がいとも簡単にやっているように扱っている」と苦言を呈し、いかに高度な技術で闘っているかを詳しく教えてくれました。ボクサー・井上に対するリスペクトを感じましたね。
「心」の作り方がとてもストイック
――これまで何度も井上選手にインタビューしていますね。どんな人物なのでしょうか。
森合 私の感覚ですが、ノニト・ドネアやスティーブン・フルトンなど、難敵と思われる試合の前ほど冗舌なんです。「ワクワクしています」と話したり、本当に強い相手と闘いたいんだなと痛感します。一方で、実力差があると思える相手との試合前は緊張感に溢れ、口数も少ない。油断しないよう自分自身と向き合い、必死にモチベーションを上げているようです。試合に向けた「心」の作り方がとてもストイックだと感じています。
――ファンを沸かせたボクサーは多いと思いますが、井上選手のすごさはどういう点だと思いますか。
森合 シャドーボクシングなど地味で退屈に思える練習をずっと繰り返すことができる、努力をする天才だと思います。また、技術や戦術も引き出しがたくさんあり、試合によって開ける引き出しが違うんです。試合ごとに新たな井上尚弥が現れ、想像を超える勝ち方をする。常にファンをアッといわせてくれる、それが井上尚弥という男なのです。
(聞き手/程原ケン)
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