監督・脚本/石井裕也
出演/宮沢りえ、磯村勇斗、長井恵里、大塚ヒロタ、笠原秀幸、板谷由夏、モロ師岡、鶴見辰吾、原日出子、高畑淳子、二階堂ふみ、オダギリジョー
配給/スターサンズ
世間を震撼させた相模原障害者施設殺傷事件から7年。事件の本質的部分が解明されないまま風化の一途をたどっていた気がします。
そこに投下されたのが本作。重度障害者が語り手になっていた原作に着想を得ているものの、脚本も担当した監督によってストーリーが再構築されています。
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本作が優れていると思うのは、あえて犯人の精神状態を深追いしていない点です。実際の裁判では、大麻中毒による判断能力の低下を弁護側が主張しているようですが、そこにも逃げ込んでいません。むしろ焦点は、事件が起きた社会的背景や、誰しもの奥底に潜む「臭いものには蓋をする」習性です。「ある」のに見ないようにしてきた課題を自分にも突きつけられた気がしました。
答えの出ない「命の尊厳とは」に挑む俳優陣は超豪華。宮沢りえ、オダギリジョー、磯村勇斗、二階堂ふみと主役級キャストが並びます。
幼い息子を難病で亡くしたトラウマを背負い続けている元作家の宮沢りえが主人公。生活のために施設職員として働き始めていますが、妊娠していることが分かり、産むか堕胎するかで密かに悩んでいます。
同僚職員の二階堂ふみも実は作家を志していて、現代社会の闇を暴く小説ネタを仕入れるために働いているとうそぶいている。
太陽と比較した“月”の存在
この2人の絡みを軸にしたことで、事件が単なる「狂気の仕業」ではすまないと、作品のテーマを普遍化させています。
そして、何と言っても宮沢りえの演技が凄まじい。
10代の頃、篠山紀信撮影の写真集『サンタフェ』で一世を風靡した彼女も今や50歳。抑制の効いた表情一つで、人手不足で虐待や拘束が横行する施設の実情を知った苦悩と葛藤を表現し、見ている我々の胸に迫ってきました。夫役のオダギリジョーもまた「陰キャ」の売れない人形作家。弱い者同士、肩を寄せ合うように生きているこの夫婦に、微かな希望を感じさせるのも石井監督の巧みさですね。
犯人の恋人を聾唖者に設定したり、映画では感知できない汚物だらけの部屋の悪臭を想像させたり、視覚以外の感覚が生々しく刺激されました。
そしてタイトルの『月』。月というのは、太陽と比較して「陰の存在」。人里離れて確かに存在しているのに、人の意識には上がってこない重度障害者施設のような存在のメタファーとして効いていますね。
心にズシンとくる重たい映画であることは確かですが、一切の綺麗事から離れて、目を背けてはいられない「生きるとは何か」に向き合わされる秀作でした。
やくみつる
漫画家。新聞・雑誌に数多くの連載を持つ他、TV等のコメンテーターとしてもマルチに活躍。
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