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やくみつる☆シネマ小言主義~『バカ塗りの娘』/9月1日(金)より全国公開

Ⓒ2023「バカ塗りの娘」製作委員会
Ⓒ2023「バカ塗りの娘」製作委員会 

監督・鶴岡慧子
出演・堀田真由/坂東龍汰、宮田俊哉、片岡礼子、酒向芳、松金よね子、篠井英介、鈴木正幸、ジョナゴールド、王林/木野花、坂本長利/小林薫
配給・ハピネットファントム・スタジオ

愚直な伝統工芸職人の父に小林薫、それを継ごうとするけなげな娘に堀田真由。まぁ、ありがちなパターンよね…と思い、ストーリーを追うよりも、〝バカ〟がつくほど手間暇かけて〝塗っては研ぐ〟を繰り返す津軽塗の仕事ぶり、年季の入った工房や道具の一つ一つに目を奪われてしまいました。

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漆器の制作シーンは代役を立てず、役者自らが手を動かしているそうです。コンコンと刷毛を打ちつけ漆を付着させたり、シャッシャッと器を研いだりする作業音だけが響く、音楽なしの長尺シーンは一番の見どころです。

と思っていたら、途中で劇的な展開が!

長らく男社会だった漆芸の世界へ若い娘がひたむきに向かっていく姿に、ジェンダーバランスが問われる時代性を投影する。それが縦軸で、横軸は普通に彼女の淡い恋を描くのかと思いきや、横軸にまで思わぬ問題が起きて彼女の成長につながり…ハイ、詳しくは本編をお楽しみください。

津軽弁の素朴な響きにもハマる

このところ自分の加齢のせいか、はたまた自分のルーツが秋田県北部にあるせいか、映像などで北日本のしっとりした空気感に触れているだけで心がホッと落ち着いてくるんですよ。

本作中で交わされる津軽弁の素朴な響きにも大いに郷愁を感じます。今時の若い東北人には訛りはなく、標準語っぽい話し方だと思いますが、堀田真由は「おとう」「おかあ」などと「日本昔話」風。それが主人公の内気で朴訥としたキャラにハマっていました。

ただ、木野花を始めとした青森県出身キャストの何気ない会話の語尾がネイティブすぎて聞き取りにくい。少々分かりにくくても、本物感優先という判断なのでしょう。小林薫も津軽弁には苦労したとパンフレットにありましたが、セリフとセリフの間に入れる、モニョモニョッとした合いの手がうまいと感じました。

さて、漆塗り職人だけでなく、伝統のものづくりの多くが後継者不足。例えば、相撲の土俵の俵を作っている人は今、1人です。「この後、どうすんの?」という絶滅危惧〝職種〟が日本のそこかしこにあるんです。

かくいう自分が属する「新聞ひとコマ漫画」もその一つ。朝日新聞の朝刊では3人の漫画家で回していますが、64歳の私が最年少。あとは80歳、90歳です。後進が入らないどころか、この先、紙の新聞が残るかどうかも甚だ怪しい。描き始めた40年前には想像もしていなかった状況です。

SDGsなんて言う前に、本作のセリフにもある「すでにある良いものの存在を忘れている」ことに気づいて欲しいなぁ。

やくみつる
漫画家。新聞・雑誌に数多くの連載を持つ他、TV等のコメンテーターとしてもマルチに活躍。

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