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やくみつる☆シネマ小言主義~『高野豆腐店の春』/8月18日(金)より全国順次公開

「高野豆腐店の春」
Ⓒ2023「高野豆腐店の春」製作委員会 

監督・脚本/三原光尋
出演/藤竜也、麻生久美子、中村久美、徳井優、山田雅人、日向丈、竹内都子、菅原大吉、桂やまと、黒河内りく、小林且弥、赤間麻里子、宮坂ひろし
配給/東京テアトル

ほぼ善人だけで構成されている心温まる物語。人と人の絆が限りなく疎になりかけていたコロナ禍に企画されたということですから、今こそ繋がりを取り戻そうと作られたのでしょう。背景を考えると心苦しいのですが、正直に言います。あまりにベタだと。

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しかし、むしろベタに免疫のない若い人こそ、新鮮に響くのではないでしょうか。街の豆腐店が消えつつある今、ニガリが何かも知らないでしょうし、マッチングアプリで出会う時代ですから、近所の仲間が出戻り娘の見合い話を持ち寄ってくるというのも古き良き慣習と映るかも。

しかも、舞台は尾道。大林宣彦監督の尾道三部作はもちろん、小津安二郎監督の『東京物語』の頃から、尾道と聞いただけで良い人ばっかりだろうなと想像できます。尾道は日本の原風景ですからね。本作は現代の設定ですが、昭和末期の日本の暮らしぶりを味わえますから、ぜひ昭和カルチャーに惹かれる若者を誘って見に行っていただきたい。

さて、このところ藤竜也もジュリーと同じく「イケてるおじいちゃん」というポジションを固めてきました。藤竜也が市井の人を演じると、ただの豆腐店のオヤジにはならず、ちょっと色気が出るんですよね。だから、60過ぎたおばちゃんがいきなり距離を詰めてきても、さほど疑問にも思わない。もしかしたら自分にもこういう春が来るかも、と見ているジジイとしては胸騒ぎを感じました。

人柄のいいシェフよりスーパー主任!?

そして数年経過し、その女性の加齢を髪の根元の白さで表しているあたり、リアリティーを感じる演出でした。最近、コロナ禍で会えなかった同窓生たちとそろそろ集まろうかという話が出ていますが、この3年間で元女子たちも一段とおばあちゃんになっちゃっているかもなぁと、ふと思ってしまいました。

それにしても、1点だけ納得できないことがあります。麻生久美子演じる豆腐店の娘の見合い相手として、藤竜也と仲間たちが選んだイタリアンシェフ。今や、派手な女関係といえばシェフですが、本作の中ではこれがまた人柄のいい人。なんで彼ではなく、スーパーの仕入れ主任を麻生久美子があえて選ぶのかが描かれないので、少々モヤりました。

まあ、そんな小さなドタバタもありつつ、大団円に向かって話は進んでいきます。まことに結構なベタドラマでありました。

「人生は豆腐だ」となぞらえていましたが、決してご馳走にはならないけれど、日本人の生活に欠くべからざるもの。自分も好きで、町中華に入ってもやっこを注文してしまいます。日本の美徳を表すいいメタファーだと思いました。

やくみつる
漫画家。新聞・雑誌に数多くの連載を持つ他、TV等のコメンテーターとしてもマルチに活躍。

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