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夫・市川團十郎が「民間療法を頼ったことで死を早めた」と暴露された小林麻央の乳がん【著名人の壮絶な闘病12】

小林麻央さん
小林麻央さん (C)週刊実話Web

3月28日に死去した世界的な音楽家・坂本龍一さん(享年71)は、亡くなる数日前に家族や医師に「つらい。もう、逝かせてくれ」と頼み込むほどだったという。坂本さん以外にも、凄絶な闘病の末に旅立った著名人は多い。

小林麻央さん(享年34)は上智大在学中に、姉の小林麻耶さんに続いて日本テレビ系のバラエティー番組『恋のから騒ぎ』に出演。美人姉妹として注目を浴び、2003年からは『めざましどようび』(フジテレビ系)のお天気キャスターに起用され、以降はフリーアナウンサーとして活躍した。


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プライベートでは歌舞伎俳優の市川團十郎白猿(当時は海老蔵)に見そめられ、結婚。2人の子宝にも恵まれ、公私共に順風満帆だったが、14年10月に夫婦で受診した人間ドックで乳がんが見つかった。

闘病生活に入ると公式ブログを開設。「ブログを書くことは私自身の励みになっています」と説明し、鎖骨の血管下に「点滴用ポート」を埋め込む手術を受けたことや、がんが顎に転移したことまで赤裸々にブログにつづった。

39度台の高熱を出した日もブログを更新。「どうなったって生きるしかない」とつづり、「ここ数日、絞ったオレンジジュースを毎朝飲んでいます」「朝から笑顔になれます」などと記した『オレンジジュース』というタイトルの投稿が最後になった。

怒り狂った小林麻耶が團十郎を“口撃”

17年6月22日に旅立った麻央さんの闘病は2年8カ月の長期に及んだが、「この間に起こっていたこと」を、のちに姉の麻耶さんが暴露。大騒動に発展したのである。

「麻耶さんは、スピリチュアルに傾倒した團十郎が〝怪しい民間療法〟を信じたため、治療の開始が遅れたと主張。病室で競馬新聞を開いていたとか、麻央さんの死後に甥っ子と姪っ子の世話のために泊まり込んでいた際に寝室で團十郎に襲われそうになったなどと連日YouTubeやブログで暴露を始め、芸能マスコミが飛びついたんです」(芸能記者)

麻耶さんの暴露はしばらくの間続いたが、現在は落ち着きを取り戻している。

「そもそもは、麻耶さんが結婚相手に洗脳されているとして、團十郎が自宅から遠ざけたのが発端だとされています。同時期に團十郎が女遊びを再開していることなども報じられ、一時は團十郎襲名が危ぶまれたほどでした」(同・記者)

一連の騒動で、一番心を痛めていたのは、天国の麻央さんだったのかもしれない。

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