監督/成島出
出演/役所広司、菅田将暉、森七菜、豊田裕大、坂井真紀、田中泯
配給/キノフィルムズ
没後90年経ってなお、愛され続ける作家、宮沢賢治の知られざる家族に光を当てた直木賞受賞作が映画化。
「雨ニモマケズ」の印象が強すぎて、てっきり赤貧の環境で育った孤独な聖人君子…そんな思い込みをひっくり返す逸話の数々を、映像と台詞できちんと伝えてくれます。とかく混乱しやすい自分には、分かりやすくて大変ありがたい作りです。しかし、安っぽいとかベタということは全くなく、むしろ新しい視点の映画だと感じました。
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これまでの明治生まれの父親像は、息子と反目し合う頑固親父がステレオタイプでしょう。しかし、当時でもこんなにも息子を愛し、可愛がる父親がいたのかと驚きます。もちろん、家業を継ごうとしない長男に対して厳しく当たる時期もあったのですが、最終的には息子の最大の理解者であり大ファンになる。母親を超える親バカっぷりに、父親というのはかくも深く、子供を愛するものなんだと、今まで考えてもいなかったことに気付かされました。そして、この映画を亡くなって久しい己れの父親と見たかったなぁと。
密度濃く伝わる登場人物の心
現実は、自分が生まれたときにどう感じたのかを尋ねたこともないどころか、酒を酌み交わしたこともないんです。父に対して反駁してたわけではないんですが、関係性は濃いとは言えなかった。実話読者には、すでに父親を亡くされた方、遠く離れて疎遠になりがちな方、いろいろいらっしゃると思いますが、父親と一緒に本作を見ているシーンを想像するだけで、心の中に去来するものがあるはず。そんな時間を与えてくれる映画じゃないでしょうか。
なんとも言えない情感を画面全体に溢れさせるのは、もちろん父・政次郎役の役所広司の力量もありますが、尋常じゃなくこだわったセットや小道具などの世界観作りによるところが大きい。綿密な時代考証のもと、家屋から衣装の細部まで突き詰めていることが伝わってくるので、登場人物の心情まで密度濃く伝わるんです。この映画で、当時の列車内の照明はロウソクだったということも知りました。
さて、自分が初めて読んだ宮沢賢治の作品は『注文の多い料理店』。小学校4年のとき、初めて出たテレビのクイズ番組で優勝したんですが、その際の賞品が平凡社の「えほん百科」。そこに載っていた、人喰いの山猫たちの怖くて面白い話に衝撃を受けたのでよく覚えています。百科はいつの間にか散逸していましたが、ヤフオクで見つけて仕事場に飾っています。
37年の生涯では見向きもされなかった名作が今も愛される背景には、誰よりも理解し応援した家族の力があったと知った映画でした。
やくみつる
漫画家。新聞・雑誌に数多くの連載を持つ他、TV等のコメンテーターとしてもマルチに活躍。
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