『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』『笑ってはいけないシリーズ』(ともに日本テレビ系)で見事なヘタレキャラを演じ(?)その名を知られていたが、40歳を過ぎて落語家としても高座に上がるようになった月亭方正さん。なぜ落語家に転じたのか、そしてダウンタウンとの関係や、あの「ビンタ」の裏話などを聞いた。
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――2008年にピン芸人「山崎邦正」から落語家「月亭方正」に転身し、今年で15年目。芸人デビューは1988年で、翌年には当時のコンビで東京進出したんですよね?
月亭方正(以下、方正)「その頃は『大阪で商品になった芸人が東京に進出する』という流れがあったなかで、僕らが初めてだったんです、売れていないのに東京進出したのが。相方が『絶対、東京に行きたい』と言うので、『勝負するなら東京やし、失敗したら帰ってくればええか』くらいの気持ちで決めました」
――事務所の方の反応は?
方正「『なんやおまえら、売れてないのに』という感じでしたが、大﨑(洋・現会長)さんが『東京にも支社があるから、そこで見てもらえや』と。支社は赤坂のマンションの一室でした」
――東京吉本の原点ですね。当時は誰がいましたか?
方正「野沢直子、1人だけ。そのあとに『ダウンタウン』が東京進出する時期が来て、そこが吉本の転換期になるんです。ダウンタウンのための劇場が作られて、『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』(日本テレビ系)などが始まりました。ここで2人が客前でネタをするんですが、関西のお笑いに馴染みがないお客さんたちは笑いの立ち上がりが遅くて、『これ、前説がいるで。誰か若手おらんの?』ということで、東京支社に所属していた芸人は僕らしかいなかった。それで2回目から前説で参加することになったんです」
イジられヘタレキャラ…
――レギュラーになるのは90年ですよね。
方正「実はその頃、僕らの転機がありました。僕らは『吉本印天然素材』の1期生として番組にも出ていて、天然素材のプロデューサーに『ガキの使いを辞めて、こっちに専念してくれ。そうしたらこっちのリーダーにするから』と頼まれて」
――若手芸人にとって、究極の選択ですね。
方正「それで僕が天然素材を選んで、相方がガキの使いを選んだんです」
――なぜ天然素材を?
方正「僕も自分のことを意外に思ったんですよ、『俺、本当は人の上に立ちたいんやな』と。だってずっとダウンタウンと一緒にやっていたら、『並ぶ』とか、ましてや『追い抜く』なんてもってのほかな実力差なんですよ。一方で『この人たちといれば、メシは食えるだろうな』という計算もあった。みんな『ダウンタウンはすごい』と言うけど、本当のすごさを分かっていないと思う。〝おもしろ星から来た宇宙人〟というか…人間が測れるような人たちじゃないから。それで結局は相方の意見に乗って、ガキの使いを選びました」
――ガキの使いでは、イジられ、ヘタレキャラというイメージがあります。
方正「商品になっていない僕を松本(人志)さんがそうやって商品にしてくれたんですが、若い僕はそれを受け入れられず、『俺はなんでこんなにバカにされなあかんねん』と苦しかった時期もありました。バカにされても全国放送で名前が売れるし、ちょっと見てくれがいいからキャーキャー言われて。そのギャップがつらかった一方で、ここで辞めたら『あいつ、本当におもろなかったんや』と言われると思い、たどり着いたのが『1回、おもんない自分を受け入れよう』でした。それでイジられたら『俺はおもろいわ!』とほえることにしたんです」
「おもんないのがおもろいねん」
――それでもまだ葛藤がありそうです。
方正「もちろん、憧れていたキラキラした芸人像を閉じ込めてやっていましたから。それで『金や。そうじゃなきゃやってられへん。金を稼ごう』と決めてから、不思議なもので仕事が増え、経済が回り始めたんです」
――お金でバランスを取っていたんですね。
方正「お金の魔力って、やっぱり魅力的なんですよ。僕は人生で2回ガッツポーズしたことがあるんですが、2回目は子供が生まれたときで、1回目はレギュラーだけで月収100万円を超えたときでした」
――基本給が100万?
方正「そう。銀行から全額下ろして、ズボッとポケットに入れるのが楽しくて」
――なぜポケットに?(笑)
方正「ズボンが札束の厚みでボコッとしているのを、みんなに見てもらいたいんです(笑)。アホやから服屋さんで値札を見ずに買い物をして、魔法使い気分ですよ。それでまたテレビでストレスを溜め、散財で発散しての繰り返しでした」
――とはいえ、松本さんは方正さんを買っていたからこそ、ずっと一緒にやっていたんですよね。
方正「よく『おもんないのがおもろいねん』『計算するな。素直なんがむちゃくちゃおもろいから』と言われましたが、自分では『なんやねんそれ!』なんですよ。『おまえは赤ん坊みたいなおもろさがあるから、大人になるなよ』と言われても、『はあ!? 成長するわ!』と言いたくなるじゃないですか」
――その言葉の真意を、当時はくみ取ることができず。
方正「僕はこのあと落語と出会い、等身大の〝大人の自分〟になっていくんですが、そのとき45歳くらいで松本さんに言われたんです。『おまえ、ただのアホじゃなかったんやな』と。テレビと落語を両立しないようにしている僕の姿を見て、そう思ったのかな。というか、40代になるまでずっとアホやと思ってたんか…」
――(笑)。落語と出会う前、どんなきっかけがあったんでしょうか。
方正「テレビの仕事はありましたが、ずっと不安でした。30代後半の頃、営業先の舞台に出れば『キャー!』となるけど、ネタも作っていないし30分間やることがなくて。だからテレビでしていたトークみたいなものでお茶を濁すと、沸いていたお客さんがどんどん沈んでいくんです。一方で僕のあとに出る『次長課長』や『チュートリアル』、『ブラックマヨネーズ』がバンバン笑いを取る。僕は落ち込んで帰る。『あれ? なんやこれ。俺が思い描く芸人は、お客さんを喜ばしてなんぼよな。今の俺、芸人ちゃうやんか』と、思い始めたのが不惑の40歳前。それから東野(幸治)さんからの助言などがあり、落語に出会うことになります」
腹膜炎を起こしながらビンタ
――それで月亭八方師匠に弟子入りされますが、人気芸能人からの落語家弟子入りというパターンは、それまであったのでしょうか。
方正「それまでの活動を完全に捨てて上方落語協会に入るというのは、僕が初めてだったそうです。このとき、協会入りを勧めてくれた八方師匠と協会の保守派で意見が相違して大変だったそうで。これは他の師匠から聞きましたが、八方師匠が反対派に『もし方正が問題を起こして協会にとって不都合なことになったら、俺は辞める』と言ってくれたとか。テレビからパッと落語界に来た人間にそこまで言えるなんてすごいです」
――かっこいいです!
方正「〝漢〟ですね、師匠は」
――現在は独演会を開催すれば毎回ソールドアウトという人気落語家ですが、創作落語も書いていますよね。
方正「古典には全然勝てませんが、創作でしか伝えられない〝この時代を生きる者としての、今の思い〟を昇華できるのが創作の醍醐味です」
――以前、方正さんの落語を見たという松本さんが「浜田(雅功)を地獄送りにしてたで」と話していたことがありましたが、それも昇華ですか?
方正「(笑)。それは閻魔様が出てくるネタで、『おまえ名前はなんていうんや』『浜田です』『はい、地獄。次のおまえ、名前は?』『蝶野です』『はい地獄』という内容で」
――プロレスラーの蝶野正洋さんも地獄送りに(笑)!蝶野さんといえば3年前まで毎年大みそかに放送されていた『笑ってはいけないシリーズ』(日本テレビ系)で毎回方正さんにビンタを食らわす因縁の相手です。ビンタ前、尋常じゃなく嫌がっているように見えます。
方正「初ビンタは07年、落語を始めてすぐの頃でした。当時は破天荒に憧れて、飲む・打つ・買う、の飲むをやったろう! と、酒を2升飲んだら翌日に腹膜炎起こして、そこから1カ月入院したんです。そんな入院中に『笑っては〜』のオファーがあり、完治しないまま撮影に参加したんです。腸に穴が開いた状態で」
――収録中に病院に行き点滴を打っていたと、のちに松本さんが明かしています。
方正「そんな状態なので、蝶野さんを前に『ほんまに顔だけにしてください! ちょ、ちょっと待って! うわああ! 待って!』を繰り返して。今まで14回ビンタされていますが、やっぱりこのときが一番おもしろいんですよね」
――またシリーズが復活することを楽しみにしています。もちろんビンタも。
方正「どうなんの俺、もう55やで…」
(文/有山千春 企画・撮影/丸山剛史)
月亭方正(つきてい・ほうせい)
1968年、兵庫県出身。NSC6期生で、89年に東京進出(当時は『TEAM-0』)。『ガキ使』には放送2回目から前説として参加し、91年に第12回ABCお笑い新人グランプリ最優秀新人賞を受賞。しかし’93年にコンビを解散し、以降はピン芸人として活動を開始。08年より月亭方正として落語家としても高座に上がっている。
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