「豊田商事会長刺殺事件」から40年 水野一男が貫いた“所有する弱者から奪え”という犯罪哲学

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【豊田商事会長刺殺事件(1)】
今から40年前、日本列島を震撼させたのが、1985年6月に起きた「豊田商事会長刺殺事件」だ。
この事件は、空前絶後の詐欺商法で全国から金を巻き上げた一人の男が投資家たちの恨みを買い、衆人環視の中で惨殺された事件。加害者や殺害理由ははっきりしているものの、集めた莫大な金の行方や詐欺事件の真相が闇に消えた点では、未解決事件と言える。
バブル到来前夜の世間を震撼させた、金と欲に彩られた凶悪事件の全容とは――

「この世で一番優れた商法はマルチや」

豊田商事会長の水野一男が生前、投資ジャーナルで知られた“兜町の風雲児”中江滋樹にこう諭したことがある。

「いいかね。この世で一番優れた商法はマルチや。けどマルチを超える最高の商法は、ペーパー商法や。相場もペーパーだけで、何百億、何千億の金額が動く。ペーパー代はほんまに安いもんや。ペーパー商法は、つまり究極の商法や」

ペーパー商法。何のことはない、現物を売ると言って代金を受け取り、預かり証を渡す詐欺商法のことである。このように豊田商事の手口はいたってシンプルだ。

まず永野が狙ったのは高齢者である。当時の統計で独居老人は120万人。その老人たちの貯蓄額が平均1130万円と報告されていた。

単純計算で1兆3000億円を超える金が眠っている。永野はそれを片っ端から狙った。目標額は1兆円である。

大阪駅前の高層ビル、その13階に豊田商事があった。広いフロアには35人の女たち。永野が“釣り針”と呼んだ、入念な実技指導を受けたテレホンレディ。

彼女たちの仕事は、密かに入手した株式名簿や証券会社の取引口座の名簿から割り出した老人たちの自宅へ電話を入れ、金塊の購入を勧めること。

営業マンを送り込むためのアポ取りである。金塊はさながら、“釣り針”の先につけた餌というところだ。

詐欺商法のセールスマンは5000人

豊田商事の武器はその強烈な営業力にあった。

「月給30万円の固定給に、契約額の12%の高歩合」を謳って約5000人の腕利きセールスマンを確保していた。

全国3万人から約2000億円を巻き上げる巨額詐欺の実働部隊がセールスマンたちで、優秀な営業成績を収めて月収1000万円近くを獲得した社員もおり、300万円代の社員も珍しくなかったという。

豊田商事が売っていたのは偽物の金塊、または存在しない金塊であり、購入資金を受け取る代わりに何の保証もない「純金ファミリー証券」という名の契約書を渡していた。

これが水野が絶賛したペーパー商法の実態だった。利子はグラム数により変動するが、純金の場合は100グラムで5%。ファミリー会員に申し込めば破格の10%以上が保証されるという。

この商法は大当たりしたが、受け入れた資金の運用方法については一切説明されなかった。

事件発覚後、豊田商事が集めた金が明らかになった。

「所有する弱者から奪え」

それによれば、1981年は92億円だったが、304億円、540億円とものすごい勢いで金が集まり、84年には941億円に達している。永野一男がペーパー商法を絶賛したのがよく分かる。

とはいえ、こんな杜撰極まりない詐欺商法がなぜ成功したのか。

その大きな要因はターゲットの絞り込みにある。昨今のオレオレ詐欺と同様、「所有する弱者から奪え」という点である。

社員教育も徹底していた。元来が荒唐無稽なペーパー商法だが、歩合制による高給に目がくらんだ営業マンの力技はすさまじく、中には男性の独居老人宅に上がり込み、まるで風俗嬢のようなサービスで金を引っ張る女性社員も少なくなかった。

豊田商事の営業用教育ビデオでは、教育担当の社員が次のように語っている。

「最大のターゲットは、最近、伴侶を亡くしたお年寄りです。気弱になっているし、亡くなった時の生命保険やら何やらで、金をぎょうさん持っているからです。そうしたお年寄りから契約を取るためのポイントを説明しましょう。
家に上がり込んだら、すぐに金の話はしないで、仏壇に手を合わせること。そして、やさしく励ましてあげること。肩を揉むのもいい方法です。相手が信頼するまで、絶対に金の話を。してはいけません。
信頼したなと思ったら、金の話をしましょう。契約内容は正確に伝える必要はありません。何の説明もしないで、ハンコだけ押してもらう。それが優秀な営業マンです」

【豊田商事会長刺殺事件(2)】に続く

週刊実話増刊『迷宮事件の真実』より